エレクトロニクス立国の源流を探る
No.35 日本のエレクトロニクスを支えた技術 「電卓」第8回
あまりにも薄型化が進み、使い勝手が犠牲に
カシオ計算機が1983年に厚さ0.8ミリの世界最薄のクレジットカード電卓「SL-800」を発売し、薄型化では究極の域に達した。しかし、もうこれ以上の薄型化はボタンが押しづらく、かえって使いにくいものとなって行く。しかもズボンの尻ポケットに入れて持ち歩いていて、余りにも薄いため椅子に腰掛けた時に壊れてしまうなどの不具合もでてきた。そうしたこともあって、その後の流れは、むしろ使い勝手を考え、折れ曲がりに対する強度を確保するため厚さ1mm台が主流になって行った。
第5世代の複合電卓時代に突入
そして、第5世代は、複合電卓の時代に入り、多機能・高機能電卓へと変わり、ハードからソフトへと重心が移行していくこととなる。より集積度の高いVSLIが採用され、メモリー容量も増え、液晶表示もフルドットの大型液晶となり、計算機能以外にも様々な機能を付加することが可能となっていった。時計機能、ゲーム、電話帳、スケージュール管理などができるようになり、これが後の電子手帳へと進化していくことになる。また、関数電卓や利息が計算できる金融計算機能付き電卓など様々な専用電卓が相次いで発売された。
カシオ計算機の“でんクロ”が大ヒット
こうした流れの中で、カシオ計算機は、1976年(昭和51年)に“でんクロ”の愛称で人気商品となった複合電卓『CQ-1』(14,000円)
を発売している。時計、アラーム、ストップウオッチ、計算機能併せ持つ世界初の電子クロックである。デジタル・クロック機能は、月差±15秒以内の高精度で、大の月、小の月、うるう年も自動判別し、日、曜日、時、分、午前/午後の表示も可能だった。また、アラーム機能は、分単位で4つの時刻を記憶する電子アラームで、各々異なったブザー音を発する。
そして、ストップウオッチ機能は、1/10秒単位で、9時間59分59秒9まで計測できた。1901年〜2099年までの199年カレンダーを内蔵しその間の曜日判別はもちろん、期間日数、逆日数計算もできるなど多彩で豊富な機能を搭載していた。ブラック、ホワイト、レッドのカラーバリエージョンがあり、学生やビジネスマンのあいだで人気を呼んだ。また、国内のみならずヨーロッパでも人気を呼んだ。
複合電卓のさきがけとなったカシオ計算機の“でんクロ”
電卓から電子手帳へと進化
“でんクロ”の人気に自信を深めたカシオ計算機は、その後もメロディ付電卓「ML-80」、ゲーム電卓「MG-880」など様々な複合電卓を発売している。さらに半導体メモリーの低価格化、大容量化にともない電子手帳へと進化して行き、1983年(昭和58年)にカシオ計算機が、電子手帳第1号機『PF-3000』を発売した。
また、シャープも1984年(昭和59年)に発売している。初期の電子手帳は、住所録として、電話番号と名前をカタカナで入力すると50音で自動的にソートしてくれるというものだった。1980年代末になると、かな入力・漢字変換が可能となっていった。さらに、ICカードを使った機能の追加や、パソコンとの連動も可能となり、その後のPDAへと進化していく。
様々な専門分野をターゲットとした電卓を開発
一般的な計算機能中心の電卓だけでなく、様々な専門分野をターゲットとした電卓も開発された。関数電卓もその1つで、カシオ計算機は、関数電卓には早くから取り組んでおり、1972年(昭和47年)に関数電卓の1号機「fx-1」を発売している。だが、価格は325,000円と高価であまり普及しなかった。そこで1974年(昭和47年)に普及価格のパーソナル関数電卓「fx-10」を24,800円で発売した。さらに、1979年(昭和54年)に世界初の手帳サイズプログラム関数電卓「fx-502P」を24,800円で発売した。
また、1985年(昭和60年)には、世界初のグラフ関数電卓「fx-7000G」を19,800円で発売した。液晶表示装置の大型化が可能としたグラフを表示できる電卓である。ちなみに、この「fx-7000G」は高い評価を受け米国のスミソニアン博物館に保管されている。また、小学生用の電卓が発売されたほか、分数や√などを教科書と同じ様に表示できる関数電卓が発売された。さらに、「百ます計算対応電卓」が発売されるなど電卓の進化はとどまることは無かった。
100円ショップで販売されるほどの低価格に
熾烈な電卓戦争は続き、わずか10年で手のひらサイズとなり、10数年後にはカードサイズにまで小型・薄型になった。価格も初期の自動車1台分と高価だったものが、今では100円ショップで買えるほど低価格となっている。そして、どこの家庭にも何個かの電卓は転がっている時代となった。
これを可能としたのは、生産技術の格段の進歩である。部品のフィルムキャリア方式採用によって24時間無人化工場も実現し、生産コストは飛躍的に下がっていく。しかも、生産する機種の変更もコンピューター制御の生産ロボットのソフト変更によって短時間で可能となり、多種多様な機種を1つの生産ラインで対応できるようになっていった。
電卓を使うと暗算能力が低下する?
もはやここまで電卓が日常生活の中に入り込んでくると「電卓の普及によって人間の暗算能力や計算能力が低下する」という指摘がなされはじめた。川島竜太郎博士は「人間には、放っておくと、生存に必要な最小限度の働きで満足してしまう性質があり、老いが進む。さらにIT社会ではコンピューターの発展などで、脳を使わなくてもある程度の結果を導き出すことができる。これは便利な反面、極めて危険な状態だ」と指摘。これに対応するには「日常的に意識して文字や数に触れ、脳を鍛えることが大切」とのアドバイスがあった。
シャープの計算ドリル付き電卓シリーズが大ヒット
そこでシャープでは計算ドリル付き電卓を開発した。2005年(平成17年)9月に発売された「EL-BN611」(2,625円)、「EL-BM601」(1,785円)の2モデルは発売以来、半年間で約13万台も売れるヒット商品となり、当初計画していた月産12,000台の2倍の増産が必要となった。この計算ドリル付き電卓シリーズの発売によって、需要が喚起され電卓市場の活性化へとつながって行った。
シャープの計算ドリル付き電卓「EL-BN611」
参考資料:「電子立国・日本の突破口」(佐々木正著:光文社)、「原点は夢 わが発想のテクノロジー」(佐々木正著:講談社)、「シャープのスパイラル成長経営」(下田博次著:にっかん書房)、「躍進シャープ」(宮元惇夫著:日本能率協会マネージメントセンター)、シャープ広報資料、カシオ計算機広報資料、電卓博物館、電卓の歴史(東京理科大学)