エレクトロニクス立国の源流を探る
No.36 日本のエレクトロニクスを支えた技術 「電卓」第9回
世界的な電気・電子学会IEEEのマイルストーンに認定
2005年にシャープの電卓が「IEEEマイルストーン」に認定されたことで、電卓が日本のエレクトロニクスを支えた技術であるだけでなく、世界のエレクトロニクス技術の進歩に貢献したことも認められた。
IEEE(アイ・トリプル・イー)は、アメリカに本部を置く世界最大の電気・電子技術者による非営利団体組織(学会)で、世界の150カ国以上に約40万人の会員を擁し、コンピューター、電子、通信、電力、航空、バイオなどにおいて、国際会議の開催や論文誌の発行、技術分野での指導的な役割を担っている。日本にも8支部があり約1万3千人の会員が所属している。その権威ある「IEEEマイルストーン」に認定された意義は大きい。
日本で5番目の「IEEEマイルストーン」認定に
「IEEEマイルストーン」は、電気・電子技術およびその関連分野において、社会に貢献した重要な歴史的偉業に対して認定するもの。認定条件には、25年以上に渡って世の中の評価に十分に耐えてきたものという項目も含まれる。1983年の制定以来、世界初のコンピューターであるENIACをはじめ、ボルタ電池やフレミングの二極管などが認定されている。
日本からは、1995年に八木アンテナ(東北大学)、2000年に富士山頂レーダー(気象庁、三菱電機)、東海道新幹線(JR東海)、2004年にセイコークォーツ(セイコー)の4件が認定されている。2005年のシャープの電子式卓上計算機(電卓)の認定は、国内では5件目で、情報機器分野では初めての受賞となる。
「IEEEマイルストーン」認定記念として発売された電卓
ちなみにその後は、2006年に日本ビクターのVHS、2007年にオムロン、近鉄、阪急、大阪大学などの鉄道自動改札システム、2008年には東芝の日本語ワードプロセッサが認定されており、日本のエレクトロニクス技術の高さが評価されている。
デジタル家電機器の基盤技術を育てた功績を高く評価
シャープの電卓が「IEEEマイルストーン」に認定された理由は、同社が1964年に開発した世界初のオールトランジスタ・ダイオード方式の電卓「CS-10A」に続き、1967年にMOS IC化電卓「CS-16A」、1969年のMOS-LSI電卓「QT-8D」、1973年のCMOS-LSI/液晶ディスプレイ搭載電卓「EL-805」などが、その後のハンドヘルド計算機の世界的なパーソナルユースでの普及に貢献したことが、認定理由となっている。
「CS-10A」は、オールトランジスタ・ダイオード方式の電卓で、530個のトランジスタ、2,300個のダイオードを搭載している。消費電力は90W、重量は25kg。また、「EL-805」は、反射型液晶、CMOS-LSIを採用し、厚膜配線を1枚のガラス基板上に搭載した製品で、消費電力は0.02W、重量は0.2kgとなり、単三電池1本で100時間の駆動、手のひらで操作でき、持ち運びができるというレベルにまで進化させたもの。
これらの開発過程で確立した集積回路技術や液晶ディスプレイ技術などが、デジタル家電機器の基盤技術なり、「産業の米」「電子の紙」としてエレクトロニクス産業の発展に大きく貢献したことが認定の理由となっている。ちなみに「IEEEマイルストーン」の記念銘板は同社の総合開発センター内歴史ホール(奈良県天理市)に常設展示されている。
シャープが開発した代表的な電卓と「IEEEマイルストーン」銘板
新たな製品を作り上げるスパイラル構造を定着
当時シャープの社長だった町田勝彦社長は、「電卓は、その事業の成功だけでなく、その後の波及効果が大きく、様々なエレクトロニクス事業の発展に大きく寄与した。電卓は初めて民生用に半導体を利用し、IC産業を大きく発展させた。また、電卓の消費電力を下げるために液晶を採用し、その液晶は液晶TVという、最もホットな事業へとつながっている。さらに、その後の電卓で採用したソーラーパワーは、太陽電池事業へとつながっている。そして新たなものを作るという創意の遺伝子を作り上げ、キーデバイスを生み、それがまた新たな製品を作り上げるというスパイラル構造を定着させた」と電卓が果たした役割の大きさを語っている。
電卓から派生した技術が地球環境の保全にも貢献
電卓が果たしたエレクトロニクス産業への貢献は、大量生産による半導体の需要拡大と信頼性の向上、LSI、MOS-LSIなどより集積度が高く、消費電力の少ない半導体技術の進歩への貢献、液晶テレビや、携帯電話、パソコン、電子手帳、PDAなど液晶応用製品の多様化、需要拡大への貢献、太陽電池事業の発展・拡大への貢献などがある。
今日、地球温暖化防止策として温室効果ガスである炭酸ガスの発生量を削減する必要性に迫られているが、太陽電池による炭酸ガスを排出しない発電システムの設置普及、液晶テレビによるテレビの省電力化など、電卓から派生した技術が地球環境の保全に役立っている。
また、パソコンや携帯電話、PDAなど情報機器への液晶ディスプレイの搭載は情報化社会の発展に貢献している。これら、電卓からのスパイラス展開がエレクトロニクス立国日本を築きあげたといえるだろう。
電卓発展の歴史はエレクトロニクス技術発展の歴史そのもの
そしてパソコンや時計、携帯電話、ゲーム機など様々な機器に電卓機能が搭載されているが、電卓単品としても世界中で約1億3千万台の需要があり、ピーク時の約1億5千万台には及ばないまでも安定した需要が続いている。電卓発展の歴史は、エレクトロニクス技術発展の歴史そのものといえるほど密接な関係にあるのだ。
参考資料:「電子立国・日本の突破口」(佐々木正著:光文社)、「原点は夢 わが発想のテクノロジー」(佐々木正著:講談社)、「シャープのスパイラル成長経営」(下田博次著:にっかん書房)、「躍進シャープ」(宮元惇夫著:日本能率協会マネージメントセンター)、シャープ広報資料、カシオ計算機広報資料、電卓博物館、電卓の歴史(東京理科大学)