エレクトロニクス立国の源流を探る
No.37 日本のエレクトロニクスを支えた技術 「電卓」第10回
「もの作りの原点」となった「電卓」が様々な産業を育てる
「電子立国の手のひら箱」、「もの作りの原点」と評される「電卓」は、まさに電子立国日本が躍進する原動力となった。そして「電卓」の進化の過程で生み出された技術、アイデア、デザインが、その後の様々な製品に受け継がれている。半導体産業、液晶産業、太陽電池などは、まさに「電卓」があったからこそ、生まれ大きな産業に育っていったと言えるだろう。
現在も生活必需品として毎年世界で1億台以上が販売されている
「電卓」そのものは、現在でも生活必需品として世界中で使われている。「電卓」の世界需要は毎年1億3,000万台ほどあり、2008年までの累計では約35億台と推定される。カシオ計算機では、1965年の第1号機「001」を発売して以来、2006年12月末までに世界累計販売台数10億台を達成している。
ちなみに、同社が世界累計販売台数10万台を達成したのが第1号機を発売してから4年後の1969年であり、同100万台を達成したのは、さらに3年後の1972年、そして同1,000万台を達成したのが、そのわずか2年後の1974年で、同1億台を達成したのは1980年である。同社の電卓販売台数は急速に拡大していったのである。
半導体産業の隆盛に貢献した「電卓」
シャープは累計販売台数の発表こそないものの、カシオ計算機同様の販売台数の伸びと推定される。1964年に発売した「電卓」第1号機「CS-10A」以降、IC化、LSI化とともに急速に生産台数を拡大している。そして「電卓」の大量生産によってLSIを大量に消費するようになり、半導体メーカーのLSI開発への投資を可能にし、今日の半導体産業の隆盛に貢献したと位置づけられている。
液晶表示電卓が後の液晶産業への出発点となる
さらに、シャープが1973年に表示装置として「液晶ディスプレイ」を採用した第1号機「EL-805」を発売したことが、後の液晶産業への出発点となった。シャープの液晶事業は、液晶テレビ“アクオス”をはじめ、ノートパソコン“メビウス”、電子手帳“ザウルス”、そして携帯電話へと液晶ディスプレイをキーデバイスとした新しい事業が経営の柱に育っていった。
電卓が出発点となった太陽光発電システム
そしてまた、1976年に世界初の太陽電池式電卓「EL-8026」を発売、これが太陽光発電システムとなり同社のソーラー事業の出発点となったのである。太陽電池は高価であるため宇宙産業や灯台などへの利用に限られていたが、電卓で大量使用することによって量産化と技術進歩をもたらし「住宅用太陽光発電システム」への応用を可能としていった。同時に電池を使わなくても電卓が使用できるため世界中どんなへんぴな所でも電卓を使用できる“いつでも・どこでも”を実現した意義は大きい。
電卓の太陽電池から太陽光発電システムへと進化
地球環境保護の救世主となる太陽電池普及に貢献した電卓
さらに、今日、温室効果ガスであるCO2の大気中の濃度が高まり地球温暖化に伴う環境破壊が人類の未来へ不安を投げかけており、その救世主の1つとして発電にCO2を排出しない太陽光発電システムがクローズアップされている。電卓によって普及をもたらした太陽電池が人類を救うことになるかもしれないのである。
電卓によるスパイラル効果が生み出した産業と規模
では、「電卓」からスパイラル効果により派生した産業はどの程度の規模となっているのだろうか。「電卓」が無ければその産業は無かったと言うわけではないが、その産業の急速な発展に「電卓」が大きな役割を果たしたというものについて、その産業の規模を見てみよう。
世界の太陽光発電市場は2030年に約30兆円に
「太陽光発電」の世界全体の生産量は2007年で約3.7GWp/年で前年に比べて48%の伸びとなっている。今後も年率3〜5割の速度で拡大し、2030年には関連市場規模が約30兆円に達するとの予測もある。長年、日本が首位だったが2007年にドイツに抜かれ、スペインにも抜かれ3位に転落したと推定されている。 中国がすでにドイツ、スペイン、日本を抜いて世界一となっている推計もあるほど世界中が熱心に取り組んでいる。
電卓から派生したLSI、液晶テレビ、パソコンも巨大市場に成長
また、半導体産業においては電子情報技術産業協会(JEITA)の統計によると、2008年の日本の集積回路の生産実績は、約373億個、約3兆3068億円となっている。さらに、液晶ディバイスは、約7億220万個、約1兆8349億円の生産実績となっている。そしてこれらディバイスを使用した製品では、電子計算機(パソコンを含む)が、約785万台、約1兆1647億円、液晶テレビ(10型以上)は、863万台となっている。
電卓の液晶表示装置が液晶テレビへと発展した
これらの製品はほんの一例で、「電卓」から派生した製品は多岐に渡っている。さらに、周辺機器や、ソフトウエアまで含めると「電卓」がもたらした新たな産業の規模は一層大きなものとなる。まさに「電卓」が今日のエレクトロニクス産業の礎となったと言えよう。
参考資料:「電子立国・日本の突破口」(佐々木正著:光文社)、「原点は夢 わが発想のテクノロジー」(佐々木正著:講談社)、「シャープのスパイラル成長経営」(下田博次著:にっかん書房)、「躍進シャープ」(宮元惇夫著:日本能率協会マネージメントセンター)、「日経デザイン」、シャープ広報資料、カシオ計算機広報資料、電卓博物館、電卓の歴史(東京理科大学)、電子情報技術産業協会(JEITA)資料