エレクトロニクス立国の源流を探る
No.46 日本のエレクトロニクスを支えた技術「日本語ワープロ」第4回
小型化と低価格化が日本語ワープロ開発の課題だった
大型コンピューターによるシミュレーションの成功で「アンダー・ザ・テーブル」から「オン・ザ・テーブル」に昇格したものの、日本語ワープロを普及させるためには、よりコンパクトで低価格なものにする必要があった。まず、第1段階としてミニコンを使った試作機を作ることになった。大型コンピューター用の仮名漢字変換プログラムを記憶容量の小さいミニコンに収めるのは難題だった。
当時の半導体メモリの容量は最大で64Kで、価格を抑えるためには、あまり多くの半導体メモリを使うわけにはいかない。そうした制約があるなかで、天野さんは、ミニコン担当だったことからミニコン用のOS「TOSIPICS-L」を開発し、そのOS上で動くエディタを開発した。そして河田さんが開発した形態素解析エンジンをミニコンに組み込んだシステムを開発した。
完成した試作機は1部屋を占拠するほどの大きさだった
幾多の難題を解決して1977年3月に、ミニコンによる仮名漢字変換システム、つまり日本語ワードプロセッサの原型となる試作機が完成したのである。大きさは、何と幅、奥行きが1m以上もあるユニットが4個で構成され、1部屋を占拠するほどの大きなものだった。
図体はでかいものの、とにかく世界初の日本語ワードプロセッサが誕生した。入力用のキーボードから表示用の漢字ディスプレイ、日本語印刷用の漢字プリンターまで揃ったシステムが完成したのである。これなら、その場で打った文書を外部の人へ見せることができる。
試作機をまず実験的に社内で使い実用可能かテスト
そこで所内の見学者にデモンストレーションしたところ評判は良く「これは素晴らしい!」との声があがった。そして、商品化に必要な改善、改良点を見出すため、これを実験的に社内で使ってみてはということになった。社内で使ってみることで、商品化するための技術的な問題点や操作上の改善点を見つけ出そうというわけである。
当時、研究所では、週1回研究成果を報告書としてまとめ、所長に提出し、これを社長に提出していた。各研究者は手書きでレポートを作っていたのだが、これを試作機でやってみようということになった。
好評だった試作機に自信深める開発陣
実際、使ってみると「手書きより速い」「報告書をまとめやすい」「重荷になっていた報告書作成が楽しみになってきた」と研究者から多くの賛辞が寄せられた。試作機での実験的使用であっても、使った人間から「これは便利な機械だ」との評価を得られたことで、一気に見通しは明るいものとなった。
当時の常識では、コンピューターは数字データを扱うものであり、「データプロセッシング」という言葉はあったが、文書を扱う「ワードプロセッシング」という言葉がまだ無く、これによってようやく「日本語ワードプロセッサ」の実用化が現実味を帯びてきた。「日本語ワードプロセッサ」略して「日本語ワープロ」の商品化に開発陣は自信を深めた。
アンケート結果は「500万円以下なら買う」と厳しい要求だった
森さん達は、次に外部の人の意見を聞いてみることにした。手始めに各省庁の計算機室長で組織している「計算機利用技術研究会」に試作機を持ち込み見てもらうことにした。ここでも専門家たちの声は「これは便利だ。これがあれば助かりますよ」と好評だった。森さんは「これを机ぐらいの大きさにして事務所で使えるようにします」と説明し、幾ら位なら買ってもらえるのか聞いてみた。すると「500万円ぐらいなら」、「500万円以下なら」という意見が圧倒的に多かった。
世の中に「日本語ワープロ」なるものが無かっただけに、参考となる価格の基準は無い。専門家の意見は一応500万円あたりがメドのようだが、単純にコスト計算をすると、当時は漢字プリンターだけでも約500万円しており、システムトータルでは2,000万円を超えてしまう。その後も、将来ユーザーとなってもらえそうな識者を招いて見てもらい、価格についてのアンケートに答えてもらうとやはり2,000万円は高すぎる、せめて500万円にしてもらわないと、という声が多かった。
事務机サイズで500万円、誰でも使える簡単操作が開発テーマに
こうした、アンケートや外部の人の声、研究所での報告書作成などから商品化までに解決しなければならない問題点がはっきりしてきた。(1)サイズを事務机程度にする(2)価格を500万円程度にする(3)誰でも簡単に使えるよう操作性を改善する、の3点に集約された。
小型化と同時に価格を下げるためには、マイクロコンピューターを使う必要があった。マイクロコンピューターを使うことで事務机サイズに小型化できる可能性がある。そしてミニコンピューターを使うより低価格にすることができる。そのために解決すべき課題は多いが、商品化に向けての可能性が見えてきたので、研究所レベルの開発から、全社の総力を挙げて開発する「全社プロジェクト」に昇格したのだった。
「全社プロジェクト」に昇格したことによって、事業部からの開発費も出るようになった。そして、大型コンピューター開発グループ、漢字オフコン開発グループなど全社的に精鋭部隊が集合した。ソフト開発、回路設計、漢字ディスプレイ、漢字プリンター、それにメモリ、CPUなどの半導体部門など技術陣の総力を結集することとなった。
正しい漢字を打ち出すためには24×24ドットが必要
低価格化のためには、当時500万円もしていた漢字プリンターをいかにコストダウンするかがポイントだった。数字やアルファベットを印字するなら16×16ドットでも十分だが、漢字となると16×16ドットでは画数の多い文字の場合に略字、ウソ字になってしまう。何とか読むことはできるものの、これではビジネスで必要な見積書や契約書を作ることはできない。氏名、社名などを正確に印刷するためには正しい漢字を打ち出す必要がある。そのためには24×24ドットはどうしても必要になる。
プリンターはワイヤドット・インパクト式に絞られた
また、契約書、見積書など取引に必要な文書は控え用の文書が必要であり、同時に数枚印刷できるプリンターが必要になる。プリンターには、ワイヤドット・インパクト方式、インクジェット方式、感熱方式、電子写真方式などがあるが、ビジネス用の日本語ワープロには同時に複数枚数印刷できるワイヤドット・インパクト方式が最適だった。
方式 | ワイヤドットプリンター | 熱転写プリンター | レーザープリンター |
印字速度 | 中程度 | 低速 | 高速 |
長所 | 同時複数枚数印字可能、改ざん性に強い | 低騒音 | 低騒音、高品位 |
欠点 | 騒音大、寿命 | 同時複数印字不可、印刷コスト高、印字速度が遅い | 高価、同時複数印字不可 |
ワイヤドット・インパクトプリンターは、細いワイヤを穴に並べてアクチュエーターと呼ばれる磁気コイルで動かしてインクリボンの後ろから印字するもので、カーボン複写用紙を使用すれば、一度に数枚印字することができる。欠点は、構造が複雑になり高価なことと、印字音が大きいことである。印字スピードを上げようとすれば、高速でワイヤを動かす必要があり、騒音も大きくなる。
さらに、24ドットにすれば24個の磁気コイルが必要になり、構造が複雑で高価になる。しかも、細いワイヤを使うため耐久性でも難しい技術が要求される。耐久性を確保するため、腕時計の歯車軸受に使われているルビーがアクチュエーターに使われた。だが、騒音の解消は原理上難しく、後の日本語ワープロ普及時にはプリンターに騒音防止カバーが装着されたり、日本語ワープロだけ一般の事務フロアから隔離されたワープロ室などに置かれたりすることになる。
参考資料:「新・匠の時代」(内橋克人著:文芸春秋)、東芝科学館、「日本語ワープロの誕生」(森健一、八木橋利明:丸善)、社団法人情報処理学会HPほか