日本語ワープロに最適な入力方式は?

東芝の森さんたちは、日本語ワープロ開発にあたって文書を作り出すプリンターについては、ワーヤードット・インパクトプリンターが最適という結論になった。ワーヤードット・インパクトプリンターはコンピューター用として、技術的には実用化の域に達しており、あとは、如何にコストダウンできるかが大きな課題だった。

次は、文書の入力はどうするかである。如何に日本語を高速で入力することができるかが最大のテーマとなる。日本語入力方式としては、和文タイプのように「タブレット式」があり、一枚の盤に漢字や「かな」が割り振られているもの。また、漢テレ鍵盤のように、右手で10数文字が割り振られているキーを選択し、左手でそのキーの中のどの文字を選択するか決める「多段シフト式」がある。

入力スピードにおいては「多段シフト式」も優れているが、専門のオペレーターでないと操作が難しい。一般のユーザーがオフィスで入力するためには、キーボード方式が最適であることは、様々な研究から推察できたが、「日本語ワープロに最適な入力方式は?」となると、キーの配列やらキーの役割設定、互換性など課題も多かった。

JIS配列キーボードを基本としたキーボーを採用した東芝

当時、コンピューターのキーボードはJIS配列のものが標準となっていた。日本語入力における高速化という点では、JIS配列が必ずしも最適かと言えば、そう断言できたわけではない。しかし、ユーザーにとって、使う機器によってキー配列が異なるのでは非常に不便である。こうした観点からJIS配列キーボードを採用し、これを基本に、日本語ワープロに必要な「訂正」「削除」「選択・実行」「取消」などの専用キーをキーボードの右側に置いた。

こうすれば一般的な右利きの人に使いやすいキーボートなる。そして、「罫線」「移動」「コピー」「前頁」「次頁」など機能キーは上に配置することにした。また、いわゆる「ローマ字入力」(アルファベット)以外に「ひらがな入力」もできるように入力キーには、「アルファベット」と「かな」を割り振りしている。

1986年に「ひらがな入力」に適した新JIS配列キーボードが登場

東芝の「JW-10」では、「ローマ字入力」は2ストロークで入力でき、高速で入力可能であるが、専門のオペレーター以外の一般ユーザーでも比較的馴染みやすいのは「ひらがな入力」であることから、これらの2方式を選択できるようにしていた。実は、JIS配列キーボードも1986年に新JIS配列キーボードが採用され、各キーに配列された「かな」が日本語入力に適したように変更されている。

しかし、すでに1,000万台以上のJIS配列キーボードが普及しており、「ローマ字入力」を常用するユーザーにとって新JIS配列はあまり意味がない。また、新JIS配列では、1つのキーに2つの「かな」が割り振られており、その選択にシフトキーを頻繁に使用しなければならないことになる。それでも「ひらがな入力」ではJIS配列キーボードに比べて20〜30%スピードアップが可能だった。

入門者に適した「50音配列」キーボード

このほか、より身近なキー配列で、入門者でも簡単に入力することができる「50音配列」キーボードもある。あいうえお順に、あ行、か行、さ行、と行毎に50音別にキーを配置し、その下や周辺に日本語ワープロに必要な「シフト」「小文字」「空白」などのキーが配置されている。この「50音配列」は、後に普及タイプの低価格モデルで採用されることが多くなった。また、子供でも簡単に入力できることから、現在では図書館などで目的の書籍の在庫を検索する装置などに採用されている。

富士通が「親指シフトキーボード」を開発

また、シフトキーを親指で行う「親指シフトキーボード」も開発された。親指で押す大き目のキーが下段に2個配置され、「シフトキー」、「漢字変換キー」に分かれている。この「親指シフトキーボード」は、富士通が発売した日本語電子タイプライター「OASYS 100」に採用された。その後、富士通は日本語ワープロ「OASYS」シリーズを発売していくが、いずれもキーボードは「親指シフトキーボード」を採用していくことなる。

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富士通が開発した「親指シフトキーボード」

同社では、JIS配列キーボードよりも優れた日本語入力方式であるとして、「親指シフトキーボード」の普及のため「OASYS」教室などを開催し普及に努めた。このほかにも、人間工学的観点から、キーが左右の手のひら形に配置された「手のひらキーボード」が日本電気から発表され、これを採用した日本語ワープロ「PWP-100」が1984年に発売された。

日本電気顧問の森田さんが「M式」キーボードを開発

この「手のひらキーボード」は、同社の顧問だった森田正典さんが開発した新しい入力方式であることから、頭文字をとって「M式」と命名された。漢字の音読み発音が5つのパターンに分けられることから、左右の手の位置に合わせて3段5列のキーを配置したもの。漢字を入力する際、子音を右手、母音を左手で入力することで簡単に入力できる。

JIS配列キーボードのキー数48個に比べてキーの数が30個と少なく、かつ配列も50音なので誰でも使いやすいというのが特徴だった。さらに、仮名漢字変換方式と比較して2倍以上の速さで入力できるというのがセールスポイントだった。

夢の入力方式として話題を集めた「音声入力方式」

1978年9月に東芝が初の日本語ワープロ「JW-10」を発売してから、ほとんどの電機メーカー、事務機メーカーが日本語ワープロ市場に参入することになるが、入力方式における研究開発は熾烈を極めた。そして、究極の入力方式としては「音声入力方式」が最有力と言われていた。

キーボードを使わず、入力したい文書をマイクに向かって読み上げるだけで入力することができるので「誰でも簡単に入力することができる」方式として注目された。「音声入力方式」は、ビジネスショーなどで試作機のデモが行われ、夢の入力方式として話題を集めていた。

日本電気が1982年に初の音声ワープロ「VWP-100」を発売

「音声入力方式」には、「特定話者」、「不特定話者」の2方式があり、「特定話者」は、あらかじめ入力する人が発声した音節を日本語ワープロに入力し記憶させておき、その後の、入力の際に比較認識して入力するもの。また、「不特定話者」対応機では、誰が発声した音節でも、認識可能なもの。

日本電気が1982年に発売した初の音声ワープロ「VWP-100」シリーズは、「特定話者」対応機で、単音節認識の音声入力方式を採用したものだった。単音節を3回登録し、時間正規化マッチングによる単音節認識を行うことで、高い認識率を実現した。

しかし、「音声入力方式」の日本語ワープロは、その後もあまり普及する事無く、姿を消していくことになる。やはり、誰の声でも入力できる「不特定話者」対応で、面倒な音声の登録など不要なものでなければ、受け入れられなかったのだろう。また、そうした技術の開発や商品化には、莫大なコストがかかり製品価格も非常に高価なものとなってしまうことがネックとなったようだ。

参考資料:「新・匠の時代」(内橋克人著:文芸春秋)、東芝科学館、「日本語ワープロの誕生」(森健一、八木橋利明:丸善)、社団法人情報処理学会HP、富士通HPほか