JA2ZP 森一雄氏
No.1 森さんのラジオ少年時代
[電気に興味をもつ]
森さんが電気に興味をもったのは、勤労奉仕に出かけた電話局でのことあった。昭和6年(1931年)、名古屋市中区で生まれた森さんは、終戦の年、昭和20年(1945年)には正木国民学校(旧正木尋常小学校)高等科2年になっていた。14歳であった。正木尋常小学校は、中区の地下鉄東別院駅、名鉄金山駅の近くにあり、明治40年に古渡尋常小学校から独立、昭和16年(1941年)4月1日の学制改革により国民学校に改められていた。
小学校5~6年生当時の森さん
昭和16年12月に始まった太平洋戦争は、森さんが高等科に進級する頃には、日本は占領した海外の領地を失い、日本本土が爆撃機により爆撃されるまでに追い詰められるようになった。戦地に青年や壮年を送った日本国内は労働力不足になり、14歳の少年までもが何らかの労働に狩りだされるようになっていた。
当時の電話は、かかってきた電話回線を交換手が相手の回線にプラグで接続する「手動式」であった。仕事は交流を直流に変換する回転変流器や配電盤のスイッチ磨きやプラグコードの断線をハンダ付けすることなどであった。また、電話機の故障受付は60番にかかってくることになっており、その電話番をしたこともある。時には電柱建ての工事を手伝ったりした。
仕事は別にきつくはなく「職員の中にはいろいろと電気のことを教えてくれる人もいた」と、森さんはその当時を思い出してくれた。「電話機を発明したグラハムベルのことや、電話機の仕組み、交換機の仕組みなどを話してくれた」ことで、森さんはすっかり電気に興味をもつようになる。
8月終戦。翌年3月、森さんは高等科を卒業する。学制改革により中学校が誕生するのは昭和22年(1947年)の4月であり、森さんはそのまま市内にあった「日本航空電機」に就職する。同社は航空機の電装部品等を製造販売するため、昭和18年(1943年)に設立されたばかりであったが、終戦により航空機の製造がなくなり、森さんが就職した年の10月には社名を「中京電機」に改称、電気機械器具の製造、修理、販売に転換している。
中京電機に勤務していた頃の森さん(中央)。戦後間も無い頃であり、衣類は当時の生活ぶりを反映している
終戦後の社会、経済は混乱していた時代であったが「別に就職で苦労した記憶はない」と森さんはいう。友人3人とともに、電気が好きというだけで入社ができた。しかし、当然のことながら、事業は厳しく何でも手がけたらしく、森さんも「ネオン管、真空管の製造装置、電熱器、誘蛾灯のチョークコイル、電話機用の巻線抵抗器などを作っていたと記憶している」という。現在「中京電機」は、本社を小牧市に移し、東京と名古屋の両証券取引所の一部に上場される中堅企業に育っている。
[転職そしてラジオ少年に]
「中京電機」は約3年で退社。「手に職をつけろ」との親の意向で、東京・浅草で寿司屋を営んでいた叔父の店で働く。「省線(現在のJR)の浅草橋駅や、花柳界の近くであったためそこそこ繁盛していた」しかし、食料事情は悪かったため「米を持って寿司を買いに来るお客もいた」ことを覚えている。森さんは一年半で名古屋に戻る。「ホームシックになったため」という。
東京・浅草橋近くの「すし屋」で働いていたこともある
名古屋に帰った森さんは、弁当をつくる料理屋に勤める。歌舞演劇場で有名な「御園座」に弁当を仕出しする一方で、食堂も経営している大きな料理屋「寿屋チェーン」である。親方にまで昇進していたが、独立するために約15年でやめ、市内・大須に「お握り・おでん・茶漬け」の店を出す。昭和43年(1968年)12月のことであった。細々ながらも続けていくことができたが、8年ほど経った頃に地下鉄工事が始まり、夜の「飲み屋帰り」のお客が減り、悩んでいた時にJARL東海地方本部事務局で働かないかとの話しが舞い込み、店を畳む。
事務局入りは昭和52年(1975年)。これまで触れてこなかったが、森さんは小学校時代に「ラジオ少年」になっていた。夏休みの宿題に鉱石ラジオを作ったことがあったが「中京電機」時代になると、自作はレベルアップしていった。仕事の関連から興味をもっていた電気知識が増え、電蓄(電気蓄音機)やワイヤレスマイクなどを自作し、レコードの音楽をワイヤレスで飛ばしたりした。幸い、職場には電線や銅板、電子部品などがあり、少しなら自由に使うことができた。
森さんは無線通信雑誌「無線と実験」で知識をえた。「無線と実験」は、大正13年に創刊され、戦時中も大幅にページ数を減らしながらも発刊が続いていたという。わが国のラジオ・無線雑誌は、大正14年(1939年)の東京放送局(現NHK)の放送開始を前に発刊が相次いだ。大正11年に「ラヂオ」12年に「科学画報」が発刊され、翌年の13年には「無線と実験」の他「無線の研究」が誕生している。