事務局に来て欲しい

平成10年(1998年)4月のある日、水島さんはJARL滋賀県支部長(当時)の木村一朗(JA3AEK)さんからの電話を受け取った。[教えていただきたいことがあるので、大阪・寺田町のJARL関西地方本部事務局に来て欲しい]という内容であった。VAP−NETクラブの代表として水島さんは木村さんとは親交があったが「どんな用事なのかは良く分らなかった」という。

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スリランカで運用する長谷川良彦・関西地方本部本部長

当時は全国の各エリアごとに地方事務局があり、関西地方本部もかなり広い事務局をもっていた。指定された当日、事務局を訪ねた水島さんは驚く。関西地方本部長はじめ監査長や本部役員、各府県の支部長など20名ほどが集っており「これはどいうことか」と怪訝に思っている水島さんに、長谷川良彦本部長(JA3HXJ)は軽い言い方で「あなたはVAP−NETを立ち上げている。いろいろ教えて欲しい」と切り出した。

「今思うと、木村さんの電話一本に反応してしまい、大阪府支部長(当時)の宮本さん(JA3DBD)におだてられ、長谷川本部長の最初の一言にまんまと乗せられた」と、水島さんは今でもそう思っているらしい。その後の多忙で苦難続きになる新サービス発足のきっかけとなったからである。それが証拠に「昼に寺田町駅の喫茶店で800円のスパゲッティを宮本さんに奢ってもらった」ことまで鮮明に記憶している。

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KDCFの会合は月に1度JARL関西地方本部事務局で開かれた

[フォーンパッチ]

水島さんが担ぎ出されたのは、わが国でも「フォーンパッチ」が許可されようとしていたからであった。「フォーンパッチ」は、アマチュア無線機と公衆回線網を接続することであり、米国では戦後すぐに許可されており、日本に駐留した米人ハムはこれを利用して米国の家族と会話していた。日本ではアマチュア無線が再開されない時代であり、日本の戦前のハムやハム志望の若者はその交信をうらやましく聞いていた。

JARLは早くから郵政省に対して「フォーンパッチ」を許可するように申請していたが、NTTは容易に許可を与えなかった。NTTの公衆網がアマチュア無線によってパスされることにつながるからでもあった。しかし、時代はインターネットの普及、無線によるパケット通信の時代となり、許可しない意味が無くなっていた。第一号の許可が下りたのは平成10年(1998年)7月22日、JARL中央局のJA1RL局であった。

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フォーンパッチ開通を受けてアイコムもアクセスユニットCT−21を発売した

[アマチュア無線の活性化]

JARL関西地方本部は、最初はこの新しい「フォーンパッチ」の勉強をすることにしていた。アマチュア無線によるRBBSの知識をもつハムは少なくなかったが、整然とVAP−NETを運用してきた水島さんに知恵を借りようとしたのが、この会合のねらいであった。

この会合では勉強が進行するにつれ「単にフォーンパッチを活用して新しい交信の楽しさを見つけ出せれば、それで良いのか」ということにまで行き着いたという。そして「かつて、楽しかったアマチュア無線が廃れようとしている現状をもう一度見直し、考えなおそう」という方向が打ち出された。

[東京との対抗]

そこで、2回目の会合が開かれた時には「不思議なことにこの会合を永続的なものにし、名前を“KDCF(関西デジタル通信フォーラム)”と名付ける」ことになり、座長として水島さんが推挙された。これには水島さん自身が驚く。「だってそうでしょう。滋賀県のいち特殊クラブの代表者が、地方本部の新しいことを推進する役になるなんて、どうみたって役不足です」。

しかしここでも長谷川本部長は水島さんをうまく乗せたようだ。後にjarl.com サービスや電子QSLシステムなど、アマチュア無線に新しいサービスを提供するKDCFは発足した。そして「毎月、会合を開くことも決められたが、今思うと参加者はみな燃えていた。あれだけの有力メンバー(本部長以下の全役員と府県の支部長など全員)が毎月集まるなんて、今思えば凄いことですよ」と水島さんは言いきる。

会合ではアマチュア無線の今後の活性化の方向がデジタル化にあるということが共通の認識となったが、とりあえず、それまでの討議の結果としてJARL理事会に「フォーンパッチ実施に当たっての提言」を提出した。しかし、5項目からなるその提言は理事会で注目されることが無かった。その結果がKDCFのメンバーを一段と燃えさせることになる。

[理事会への提言]

その提言は次ぎのようなものであった

―1運用は例えばJARL会員に限るなどの制限をつけると同時に送信者が特定できるような方法を考えるべきである(デジタル方式にすべき) 2低い周波数での運用は禁止する。具体的には2.4GHz以上で実施する 3広帯域の高速通信用に使用すべきである(デジタル化しデータと音声を送る)

4公衆回線との接続点はJARLのみに限定すべきである。そしてJARLが直接運用を管理すべきである 5試験運用期間を設けるべきである。 以上のような方策により、科学技術に興味をもつ中高生など若年層のアマチュア無線への入門の仕組みをつくることを検討すれば、ひいてはJARLの発展とその将来を任せうる人材づくりに役立つものと確信する。