PRUG(パケット・ラジオ・ユーザーズ・グループ)という若者ハム達のグループ組織が東京中心にある。かつては水島さんらもこのグループと一緒にパケット通信の普及に力を入れていた時期があった。その後、PRUGのメンバーはIT(情報技術)関連知識を高め、また、アマチュア無線のデジタル化に取り組むなど急速にレベルを高めていった。すでにIT業界の権威的存在になったひともおり、また、デジタル化研究ではハムフェアなどでその成果を発表していた。

水島さんらはPRUGのメンバーと疎遠になっていったが、KDCFのメンバーのなかには引き続きPRUGとつながっているハムもおり、わずかながらも情報は入っていた。しかもKDCFの目的が「アマチュア無線とインターネットの融合」であり、必然的にデジタル化はテーマでもあった。

[消防署/郵便局の使いか]

このため、KDCFは「PRUGと交流し、進んだ技術を見習い参考にしよう」と、接触を図る。平成10年12月、京都で「インターネットカンファレンス’98」が開催されたのを機会に、その夜京都・河原町の飲み屋で両グループは話し合う。そのもようは「KDCFのあゆみ」に詳しい。両グループのやり取りは多分に誇張されて書かれているが、おもしろいのでその部分だけ引用する。PはPRUG側、KはKDCF側である。

P―KDCFとは何か。JARLの顔してドメイン名にjarlを入れている。本当にJARLとつながりがあるのか。消防署のほうから来たと消火器を売りこんだり、郵便局のほうから来たと郵便受けを宣伝しているのと同じではないだろうな。

K―とんでもない。れっきとしたJARL関西地方本部の委員会である。なにもおかしなことはない。どうしてそんなことを聞くのか。

P−JARLがこんなことをするとは考えにくいからだ。

K―巣鴨(JARL本部)とわれわれとは少し違うかもしれない。ところで君たちはパケット通信が始まった10年ほど前には一緒に遊んでいたのに、今はズーット高い所で何かやっているのね。先進アマチュアは月まで電波を飛ばすけど、君たちはそのずっと向こうで何かごそごそやっていて満足しているように見えるのさ。

P−何を言う。おれたちはいろんなところでPRやって成果を報告している。見ようとしないあんたらがいけない。

K―見ようとしても、難しすぎてアタシら、おじさんには分らない。われわれに分る言葉でしゃべったらどうだ。

「こんなやりとりが延々と続いた」と水島さんは書いている。そして「後で分ったことであるが、PRUGという集りは統一された意思はなく、組織だったものでもない。その時々に合理的と判断されるメンバーと方針で進むアメーバみたいなものと認識したら良さそうである」と分析している。この会合の後にKDCFの数名のメンバーがPRUGのメーリングリストに参画している。

[意見の相違]

KDCFのメンバーが加わったことによりPRUGのメーリングリストの議論が活発化し、書き込みは急増。そこではっきりしたことは「PRUGは、アマチュア無線の現状に半ば絶望し、さらにJARLにも期待していないことであった」と水島さんは言う。それに対してKDCFのメンバーは「現状を打開するために新しい技術の習得をしたい。われわれはPRUGメンバーが開発した技術を理解したい」と説得した。

KDCFはさらに「アマチュアの手でデジタル通信回線を構築し、魅力ある新しい技術を無線通信界に示そう。同時にその回線網は非常時の代替通信網になる」と呼びかけた。しかし「ニーズのないところに供給は無い。すぐにプロの通信がもっと便利で安価なものを作るようになるだろう。そんなことをしても若い人がアマチュア無線の免許をとるようになるわけがない」と反論された。

[高速デジタル伝送システム]

実はPRUGはほぼ実用化が可能な高速デジタル通信システムを1996年に開発しており、これを「PRUG96β」と呼んでいた。このシステムが四国電気通信管理局が委託している実験に採用されていることを知った水島さんらは、徳島県の鷲敷町に見学に行った。「小学校や郵便局などから自由に無線を使ってインターネットに接続している。これがアマチュアが開発したシステムとは」と驚いてしまう。

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徳島県の鷲敷町でのPRUG96βの実験

その後、平成11年(1999年)5月に京都大学宇治キャンパスでPRUG、KDCF、さらにパケット通信によるネット構築者の集りであるGenesys−P委員会が共同でミーティングを開催した。PRUGのメンバーに京大の教授がいたためであり、2日間にわたる討議は学会形式で行われた。第1日目には水島さんが司会を行ったが、水島さんは2日間の成果を「互いに進めていることがはっきりしたので有意義だった」と評価している。

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京都大学で行われた3団体の合同ミーティング

[Hammailシステム]

KDCFは、アマチュア無線とインターネット融合の現実化のひとつとして、無線機とパケット通信機器(TNC)のみでメール交換が出来る仕組みを目論んだ。その成果としてWindowsパソコンにソフトをインストールするだけで実現できる「Hammail」を開発し、インターネットや雑誌を使ってソフトの配布を始めた。しかし、それでもインターネットと常時接続出来るゲートウェイ局が必要であった。

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KDCFが開発した「Hammail」ソフトのロゴ

さらに水島さんらは、その課題解決と、メール以外のインターネットの幅広い機能をアマチュア無線で利用できる方法を模索。「アナログ無線機を使う、従来の方法では限界である」と、水島さんらは結論付け、このPRUG96βシステムを使った本格的なデジタル通信に取り組んでゆく。