1.はじめに

このBEACONの工作室には、時々サイテック(http://sug.dip.jp:8080/tokushima/cytec/)のキットが登場します。サイテックの内田さんと話をしていた時に、熊本シティスタンダードの話になりました。サイテックのHPには出てこないのですが、基板の受注生産だけはしていると聞き、早速入手して作ってみる事にしました。これはキットではなく基板だけですので、部品は全て別途調達する必要があります。

実は昨年のハムフェアでも未組立ての基板(一部の部品も)を入手していたのですが、一般的に入手不可能では記事にし難いと躊躇していました。これが安定的に入手できるのであれば、いくらでも使用して記事にできます。

このように復刻版の基板で組み立てた、写真1のような7MHzSSBトランシーバを紹介します。熊本シティスタンダードらしく、なるべくオリジナルに近くなるようにVXOを用い、ダイヤルメカにはそれらしい感じのボールドライブメカを使いました。リニアアンプは、サイテックで入手した2WのPower Gear010を使ってまとめました。

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写真1. このような、7MHzのSSBトランシーバです。

2.熊本シティスタンダードについて

古くから自作を楽しまれている方にはあまりに有名ですが、一応紹介しておきます。1980年代に熊本市の熊本工作研究会で盛んに自作が行われていました。この中心だったのが、故JA6BI田縁さんです。残念ながら個人的な面識はありませんでした。この田縁さんが設計されたSSBジェネレータとトランスバータなどが、熊本シティスタンダードです。HJ誌No.44(写真2)は熊本工作研究会の記事がたくさん掲載され、その筋ではあまりに有名です。この頃、秋月電子でキットが売り出された事もあり、またたく間に熊本標準どころか日本の自作標準になりました。CQ誌にも沢山の作品が発表されました。今の熊本シティスタンダードが最初に発表されたのがCQ誌1981年7月号ですので、ちょうど30年前となります。私もこのキットを買って随分と作りました。恐らく10台以上は組み立てたでしょう。また、随分と鍛えられたキットでもあります。ちょっと探してみると、写真3のように出てくる出てくる・・。

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写真2. 熊本工作研究会の記事がたくさん載っているHJ誌No.44です。

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写真3. 昔々に作った熊本シティスタンダードです。これだけではないはずです。上のほうにあるのが作っている最中の基板になります。

熊本シティスタンダードを製作する上でネックと言われたのが、コイルの手巻きです。当時でもFCZコイルは市販されていました。これを使わずに手巻きを基本としたため、敷居が高くなったのは事実でしょう。実際にはFCZコイルを使う事もできたのですが、何箇所か落とし穴がありました。例えばSSBジェネレータのキャリア発振回路では、電源が地絡するパターンでした。コイルのセンターピンをニッパで切れば良かったのですが、気が付かずにヒドイ目に遭った事を思い出します。また、送信側アンプもセンターピンがコールド側とショートするパターンで、これもセンターピンを切る必要がありました。本来は手巻きで設計されていますので、FCZコイルは使えるとしても注意が必要でした。

さて、復刻版の基板ですが、地絡やショートを気にせずにFCZコイルが使えるようにしてあります。また、トリマーはオリジナルでは3本足が使用されていましたが、今は2本足の小型のものしか入手できません。この現状に合わせて、穴を変更しています。回路は変えず、今の部品が使えるのはありがたい修正です。また、オリジナルのジェネレータ基板ではコイルの同調用コンデンサを付ける穴がありませんでしたが、これも追加してあります。写真4の左側がトランスバータで、右側がSSBジェネレータ基板になります。写真5はジェネレータをオリジナル基板と比べてみたところです。

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写真4. 「復刻版」の基板です。左がトランスバータで、右がSSBジェネレータです。

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写真5. SSBジェネレータの比較です。左がオリジナルの基板で、右が復刻版になります。

当時のCB用のクリスタルフィルタですが、既に市販では入手できません。そこで、当時の形状に合わせたラダー型フィルタを作る変換基板もあるようですので、ますます応用が広がります。私としては、心置きなく(というより罪悪感なしに・・)このような記事にする事ができます。

この熊本シティスタンダードは、周波数や作り方については製作者の持っている部品や考えを反映し、自由に作れるようになっているのが大きな特徴です。その反面、ある程度の知識と技術力は必要です。

3.回路

SSBジェネレータの回路図が図1になります。後述のトラブルもあり、オリジナルの回路とは少々異なる部分があります。基本的には何ら変わるものではありません。

実は7MHzのトランスバータを作り始めて、ふと考え込んでしまいました。今まで14〜50MHzは作りましたが、3.5MHzと7MHzは作った事がありません。LO発振で逓倍をしない時の回路で悩んでしまいましたが、CQ誌の記事を良く見ると書いてありました。発振段のエミッタから22pFで取り出し、ジャンパーで接続をするように指定されています。「ああそうだったのか」と、今更知ったのでした。そのため、トランスバータは図2の回路になります。

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図1. SSBジェネレータの回路図です。(クリックすると拡大します)

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図2. 7MHz用SSBトランスバータの回路です。(クリックすると拡大します)

IFは11.2735MHzのクリスタルフィルタを使用し、ローカル発振には18.432MHzの水晶を使っています。この水晶は鈴商で入手したものですが、手持ちの部品を探して利用して下さい。VXOにして周波数を動かしますので、なるべく高い周波数にする方が有利になります。計算上は4MHzでも使用できますが、ほとんど動かせないと思います。また、4MHzの2倍波はカットできませんので、送信には無理があるでしょう。

ファイナルとアンテナの切り換えについては、サイテックの2WのキットPOWER GEAR010です。但しゲインオーバーとなるため、ドライブ段はパスしました。この回路を図3に示します。そういえばCQ誌の記事では2段2WのQRPリニアアンプが紹介されていました。アッテネータは入っていなかったようですが、オーバードライブにはならなかったのでしょうか?

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図3. サイテックのキットを使った2Wリニアアンプの回路です。(クリックすると拡大します)

4.作成

コイルはFCZコイルでも構わないのですが、全て手巻きとしました。この方が熊本シティスタンダードらしく思います。もちろん手持ちのジャンクのコイル利用です。この場合、使用するコイルによって巻数が変わりますし、使えないタイプのコイルもあります。まず10Kボビンを分解し、一度特性を測ってから巻くのが近道と思います。もちろん、クリスタルフィルタやローカル発振の周波数によっては、コイルや同調用コンデンサの値も変わってきますので、そのあたりは手持ちの部品や入手できる部品を考えて作って下さい。

作り始めて気が付きましたが、最近はハトメを全く使用しなくなりましたので、手持ちがありません。しかし端子を使うには間隔が違いますし、穴の径も違います。熊本シティスタンダードらしく、そのままハトメを使う事にしました。秋葉原を探してしまいましたが、ネジ屋さんに置いてありました。

写真6が作成したSSBジェネレータです。写真7が以前に作ったオリジナルの基板です。基本的には何も変わらないのですが、スッキリして見えます。抵抗は1/6Wを寝かせて実装し、トリマーも小型にしています。FETには手持ちの3SK74を使用しました。全体的に部品が小型になると、スッキリと見えるようです。

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写真6. 復刻版で作ったSSBジェネレータです。

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写真7. 以前に作ったオリジナル基板でのSSBジェネレータです。

昔々には、このSSBジェネレータ用テストボードまで作っていました。今となっては無理なので、とりあえず写真8のようにバラックで仮接続をして、SSBジェネレータの動作確認を行いました。その次に写真9のようにしてトランスバータを接続し、追加して動作確認しました。

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写真8. 仮接続でSSBジェネレータの動作チェックを行います。

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写真9. トランスバータを含めてチェックをしました。

ダイアルのメカは、ボールドライブを使った写真10のような減速機構でまとめました。写真11のようなプリント基板を使って一番単純にできる構造を考え、カラーで接続しただけです。このメカは既に入手できませんので、バーニヤダイヤル等で代用して下さい。目盛板はパソコンで作った紙をVR用の目盛板に貼って、写真12のように作りました。熊本シティスタンダードにちょうど良い感じになりました。

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写真10. ボールドライブメカを使ってポリバリコンを回す減速機構です。

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写真11. 生基板をこのように加工し、一番簡単にできる工作を考えました。

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写真12. 目盛板はVR用の円盤を使って作りました。

ケースは高さ50mmのYM-250です。写真13のように穴あけをしました。平べったく解りやすいような配置にしようとしましたが、迷ってしまいました。ケース内の信号の流れが今ひとつしっくりしません。過去の記事を調べてみても、平べったい作り方はあまりないようです。一番に優先すべきは、VXOのポリバリコンとトランスバータの端子が直近になる事です。しかし、そうするとリニアアンプの位置がしっくりしません。何回も基板を置き直してみて、写真14のように配置しました。リニアアンプはケースの奥側にしたいところですが、一番手前になってしまいました。決して、この配置が良いという事ではありません。リニアアンプの周辺が少々窮屈になってしまいました。

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写真13. ケースはタカチのYM-250です。穴あけをしたところです。

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写真14. 内部の配置の様子です。

5.トラブル

このSSBジェネレータは発振気味になる、という話を聞いた事がありました。私にはそんな記憶はありませんでしたが、今回は見事に発振しました。ジェネレータの入力をショートすると止まります。最初はトランスバータかと思いましたが、切り離しても同じでした。キャリアの水晶に触れるとひどくなります。この近辺やAGCラインも疑いましたがそうではなく、入力のコイルT7でした。このT7はセンタータップを使う唯一のコイルです。トータル20回巻きで、センタータップはコールドエンド側から3回と、かなりアース側に近い巻数が指定されています。これに適当に巻いてあったコイルを使ってしまったため、インピーダンスが高くなり過ぎたのが原因のようです。コイルをパスするだけで、ピタリと発振が止まりました。使っている11.2735MHzのフィルタの入出力インピーダンスを測ってみると、500〜600Ωです。トランスバータのDBMと合わせるようにすると、インピーダンス比9:1で良い事になります。巻数比が3:1になりますので、このようなトリファイラ巻きコイルをフェライトコアのFT23-43に巻いて取付けると安定に動作し、コイルをパスするよりも感度がアップしました。送信時の出力レベルもアップしました。元々のコイルの向きを反対にした方が簡単かなとも思いましたが、とりあえずこのままにしています。使うフィルタやコイルによっても状態が変わると思いますので、参考にして下さい。FCZコイルでも発振するかもしれませんし、インピーダンスは合いません。以前同じフィルタで作った基板では全く起きなかったのですが、結構シビアなようです。コイルは指定どおりに巻かないと、意図としない動きをするようです。良く見ると解るのですが、写真6,8ではT7のシールドケースが写っていますが、写真9ではパス状態となって消えています。写真14ではフェライトコアになっています。

もう一件のトラブルはLM386の発振です。今まで見舞われた事はなかったのですが、ボリュームを少し上げると低周波での発振をしてしまいました。これはLM386の出力に10Ωと0.1μFをシリースにして入れる事で止まりました。基板の裏にそっと隠して取付けています。LM386のデータシートには記載があるのですが、実際には始めて発振しましたのでビックリしました。

図1はこれらの修正を加えた図面となっていますので、オリジナルと異なります。

6.調整

この自作を行うような方には説明は無用かもしれませんが、調整するところは沢山あります。まずはVXOの発振周波数をトリマーで合わせ、コイルのコアを調整してレベルが最大になるようにします。正確には多少は安定側に寄せておきます。受信時の感度が最大となるように、受信系のコイルを調整します。Sメータのゼロ点調整を3.3kの半固VRを調整し、振れがちょうど良くなるように47kの半固VRを調整します。それによってAGCの効き具合も変わってきます。Sメータは300μA程度のものが良いようで、100μA位のものでは、AGCの効きが悪くなります。

送信は出力が最大になるように、送信系のコイルを調整します。キャリア漏れが最小になるように100Ωの半固VRと40pFトリマーを調整します。基本さえ抑えれば、コイルが多くても難しいものではありません。

7.終わりに

久しぶりに組み立てた復刻版の熊本シティスタンダードです。30年前を思い出して楽しい自作でした。基板さえ入手できれば応用は広いので、これからもDDSバージョンや50MHzバージョンなども作ろうかと思っています。

最近では、これが作りこなせればどんなトランシーバも・・と思えるようになりました。コイルの巻き方も含めて、とても奥の深い熊本シティスタンダードです。復刻版で作っても、もう少しAGCが・・、IFゲインが・・、と昔から気になる点はそのままです。しかし、ここで回路に手を入れないのが、また良いところかと思います。多少のアレンジはともかく、大幅に回路を変えてしまうと熊本シティスタンダードでは無くなってしまいます。

使える部品は時代と共に大きく変わりました。しかし、30年経った今でも大きな問題もなく作る事ができるというのは、設計された田縁さんに半世紀先を見る目があったからでしょう。今こうやって久しぶりに製作してみると、バランスのとれた設計だったのだと思います。私もツメの垢でも・・とは常々思います。

この記事をほぼ書き終わった頃に、FCZコイルの販売が終了するというニュースが入って来ました。時代の流れと言ってしまえばそれまでですが、これからコイルの入手は困難になってしまいそうです。せっかく復刻版の基板が入手できるようになった熊本シティスタンダードですが、今度はコイルですか・・。CQ誌にJA9TTT加藤さんがコイル巻きの記事を掲載されました。このような記事を参考に、コイルを手巻きしましょう。