1.はじめに

GPSDOとかレシプロカル式の周波数カウンタ等の実験をしていて、周波数を比較する必要性を感じていました。この場合は作りたくなったという意味です。例えば、GPSDOとOCXOの周波数を精密に比べようとする場合、普通の周波数カウンタで測ったのでは時間がかかります。高周波の測れるレシプロカル式の周波数カウンタは、これから実験しようとしているところです。

この場合は絶対値ではなく比較が目的ですから、取りあえず大げさな事は考えていません。そこで、GPSDOの実験から生まれた、写真1のようなツールを紹介します。周波数の比較のために作りましたが、直交変復調器と同じです。なお、ほぼ同じ周波数を比較するためですので、大きく異なる周波数の比較には適しません。

 

写真1 このような周波数を比較するツールです。

2.比較方法

以前はゼロビートをとって周波数を比べ、一致させる方法もありました。しかし周波数が接近すると人間の耳では聞こえません。そこでダブルビートで片方の周波数に変調をかけ、音の消え具合を使う方法もありました。ここまでくると、ほとんど神経戦でしょう。しかし、これでも最近の精度レベルからすると、それ程正確に合わせられたとは思えません。

オシロで比べる場合、音で聞くよりも正確に合わせられると思います。一般的にはサイン波で表示する方法とX-Yで円にする方法がありますが、X-Yではどの方向にどの程度のズレがあるのか良く解りません。サイン波で2chを使って見るとズレる状態は良く解るのですが、この先の数値化を考えると発展性に疑問があります。

そこでDBMを使う事としてみました。2つの信号をDBMに入れた場合、周波数が同じになった時DBMの出力は直流となり、位相によって電圧が変化します。この電圧が変化しないようにOCXOの制御用電圧を調整すれば良いわけです。しかし周波数が合っている事は解りますが、ズレた方向が解りません。周波数を調整して反対であれば対応するというのでは性能が出せません。次に考えたのが、図1のように2個のDBMを使う事でした。片方の周波数は同相に2分割します。もう一方はクワドラチャハイブリッドで+45度と-45度、つまり90度の位相を付けて2分割します。これをそれぞれDBMに入れると、ほぼ直流ですが位相の異なる分の電圧が出力されます。90度位相が異なる信号を入力していますので、この2つの出力をオシロのX-Yに入れると円が描ける事となります。周波数が完全に一致していると、円周の一部の点となって動きません。周波数が異なると、位相がずれて点が回転をして円を描きます。ずれの方向も回転する方向で一目瞭然です。右回転で高過ぎになるようにしておけば、イメージ的にも合うと思います。一秒で一回転すれば1Hzの違いです。100秒で一周するのもすぐに解ります。16分40秒(つまり1000秒)で一周するような場合でも、その傾向はすぐに解ります。つまり1mHzのずれが概ね解ります。これならCPUで読んで数値化する事が可能です。逆に10Hzもズレてしまうと、見た目の回転の方向がさっぱり解りません。使うオシロがアナログかデジタルかでも違うと思いますが、これは仕方のないところです。

 

図1 このようにDBMを2個用いてみました。

 

写真2がバラックで作ったクワドラチャハイブリッドで、50ΩのダミーとBNCコネクタが接続されています。この接続の全体が写真3で、BNCコネクタにマウントされたDBMと1:2ハイブリッドなどを使って全体の動作チェックをしています。

 

写真2 バラックで作ったクワドラチャハイブリッドを試している様子です。

 

写真3 このように、BNCコネクタにマウントしたDBM等に接続して、トータルのテストをしています。

3.クワドラチャハイブリッド

入力した信号を、+45度と-45度の2つの信号に分割するのがクワドラチャハイブリッドです。つまり90度ズレた信号を作ります。もちろん、市販のクワドラチャハイブリッドを使っても何の問題もありません。なるべく周波数の合うものを使おうとしたのですが、手持ちがなく作ってしまおうと考えただけです。また、思ったよりも簡単に作れる事が解りました。

目的からすると、まず作りたいのは10MHzになります。そこで10MHzのクワドラチャハイブリッドを作る事にしました。最初に、計算をエクセルのシートで作ってみました。これを置いておきますので参考にして下さい。黄色いセルの値を変化させて、インピーダンスと周波数が目的に合うようにします。方程式で解けるように思いますが、面倒になり止めました。コイル(μH)の値と、トロイダルコアの各種コアの巻数が表で出ます。周波数に合うコアを、手持ちの中で「都合の良い」コアを選んで下さい。10MHzでの計算結果は図2のようになりました。赤丸を付けたT25#2の値を使いました。このクワドラチャハイブリッドとしての回路は図3のようにしました。コイルはバイファイラ巻きです。

 

図2 エクセルを使って10MHzで50Ωになるように計算した結果です。赤丸が使ったコアの値です。

エクセルダウンロード

図3 クワドラチャハイブリッドの回路です。

 

この計算方法については、CQ出版社の「トロイダルコア活用百科」(以下はトロ活)にありますので、この本を良く読んで下さい。但し改訂前の本には無く、改訂後に追加されたようです。両方持っているので良く解ります。

なお、「トロ活」の説明では15MHzの例があります。計算をしてみるとすぐに解りますが、計算結果にはミスがあります。最新版ではどうなっているのかは解りません。

4.回路

全体としての回路図は図4のようになりました。よくある直交変復調回路と変わりません。クワドラチャハイブリッドが完成すれば、あとは2分割のハイブリッドとDBMです。ここは手持ちにあったミニサーキットのPSC2-1とR&KのM-1を使いました。市販品を使いましたが、どちらも自作する事ができます。「トロ活」を参考に、全て自作をするのも良いと思います。但し、DBMはIFポートがDCから使える必要があります。部品の選択で注意するのはそれだけでしょう。

 

図4 全体の回路図です。

 

IFポートにはほぼDCと、10+10=20MHzが出力されます。20MHzをカットするために、簡単なCRのフィルタを入れました。何も考えていないようなフィルタですが、これで充分です。

 

5.作製

周波数を変えても使えるようにしようと姑息な事を考えたため、クワドラチャハイブリッドは交換が可能なように8ピンICとして作りました。写真4のように8ピンの連結ソケットと16ホールユニバーサル基板を使って、ここにコイルとコンデンサをハンダ付けしました。基板など使わずに、連結ソケットに直にハンダ付けした方が工作としては簡単です。コイルはT25#2に15Tのバイファイラ巻きとしています。この値は図2の結果からです。

 

写真4 8ピンの連結ソケットと16ホールのユニバーサル基板で作りました。

 

実装には少々無理があり、ピンへのハンダ付けは最後に横から行っています。ほぼ修理不能のようですが、サイズ的にはピッタリです。取りあえず10MHz用としましたが、このように交換のできるクワドラチャハイブリッドが作れるなら、どの周波数にでも対応できるでしょう。クワドラチャハイブリッドの完成したところが写真5です。

 

写真5 クワドラチャハイブリッドを作ったところです。

 

全体の基板については図5のような実装図を作成し、これに基づいて作成しました。使った基板は秋月電子の部品面にグランドの付いたCサイズの基板です。いつもと同じですが、緑の丸点はグランドにハンダ付けする位置になります。少々困った事にこの基板はホールが狭く、DBMの足が入りません。これは写真6のようにドリルで広げて対処しました。スルーホールになっているので、ハンダ付けでミスをすると修正が面倒です。ホールが狭く部品が抜き難い上に、ハンダの残りで交換部品が入れ難くなります。工作としてはサンハヤトの同様の基板の方が扱いやすいと思います。

 

図5 基板の実装図です。

 

写真6 必要に応じて穴を広げました。

 

入力にはSMAコネクタのエッジタイプを使いました。部品面が全グランドの基板ですので、簡単に接続できます。ついでにSMAからBNCの接続ケーブルを何本か作っておきました。SMAとBNCの変換コネクタもありますので、これで充分でしょう。

出力には基板用のテストピンを用いました。オシロのプローブを接続するのに一番良いと思います。もっともほぼ直流を扱うのですから、プローブすらも不要かもしれません。接続容易なBNCでもSMAでも何でも大丈夫でしょう。

写真7が基板の完成したところです。写真8がそのハンダ面になります。秋月電子のC基板ですので、それに合ったアクリル板に固定しました。

写真7 基板が完成したところです。
 

写真8 ハンダ面です。

6.使用感

これでNo.182で紹介したGPSの10MHz発振器と、No.117で紹介したOCXOとの比較を行いました。写真9が接続しているところです。周波数が一致すると回転が止まり、ずれた分だけ回転します。思ったとおり、10秒で一周など論外の相違に見えます。100秒で一周も相当な回転に見えます。つまり10mHzのズレが簡単に認識できました。さすがに1mHzはすぐには解りませんが、1分も見ていると状態が充分に解ります。このように試していると、GPSの出力も完全なものではない事が直ぐに解ります。流れがあって振動のように変化するようですし、急に上昇や下降をする時があります。それも一瞬ではなく、10秒程度続く事もあるようです。衛星の捕捉状態の画面を見ていると、どうも衛星の切り替え時に起こるように思えます。JA9TTT加藤さんがトラ技の記事で書かれていましたが、GPSDOでも最大で20mHzズレる事があるというのが良く解りました。写真10がアナログオシロに表示したGPS発振器の出力と、OCXOの出力を比較したものです。ほぼ停止した状態になっています。回転を始めると、画面の中心を円の中心として回転をします。

 

写真9 このように接続してテストしました。

 

写真10 左下に停止した状態です。GPSの10MHzにノイズがあるので、多少ジッタが入ったようになります。

 

ハイブリッドとかDBMを並べなくても、直交変復調用のICを使えば簡単にできるでしょう。しかし、このように一つ一つ詰めて行くのも楽しい作業でした。特に、あまり例のないものの実験は楽しいです。