エレクトロニクス工作室
No.64 APB-1 その2
1.はじめに
前回は写真1のような多目的測定器APB-1の作成を紹介しました。そこで、今回はこれを使った測定方法を紹介します。とは言っても、沢山の使い方ができるAPB-1です。私もまだ使いこなせてはいませんので、アマチュア無線で一番使われるであろう、スペクトラムアナライザ、ネットワークアナライザ、インピーダンスアナライザについてを中心に紹介したいと思います。
写真1. 前回製作を紹介したAPB-1です。
2.ノイズ対策
まずは、測定に入る前にノイズ対策についてです。入力に何も接続しないか、50Ωで終端した状態にします。この状態でスペクトラムアナライザのモードにして0〜30MHzをスキャンすると、くし状というとオーバーですがスプリアスを表示します。RBWが3k〜12kHz位のときに顕著になります。これはFPGAでの電流変化から来ているようで、ノイズフィルタ用のパッチンコアを分解し、トンネル状にして基板上に載せて減らす工夫が掲示板上で紹介されています。
私の場合はケースに入れてから本格的に対策を考えたのですが、どうもパッチンコアだけではスッキリしません。そこで、写真2のようにFB801のトリファイラ巻きコイルは基板の裏側に移動しました。これでノイズの素性が少し良くなったように思います。このコイルは、外してそのままの形で裏側に取り付けられます。赤と緑の線が・・など考える必要はありません。
写真2. コイルは基板の裏側に移動してみました。
その後で、NF用のコアを被せる場所を探し、写真3のようにホットボンドで固定しました。コイルを基板裏に移動させた効果のためか、パッチンコアは1個で十分のようです。これで画面上は測定結果1のようにスプリアスはほぼ見えません。基板を固定するカラーには10mmを使っています。これより短いと裏側にコイルが入りません。なお、このカラー4本はプラスチック製を使っています。金属製では若干ノイズが増えるようでした。
写真3. ノイズフィルタを分解した半コアはこの位置に置いてホットボンドで軽く固定しました。移動は簡単です。
測定結果1. ノイズ対策を行った後の入力なしの状態です。このように一応ノイズは見えません。(※クリックすると画像が拡大します。)
入出力のBNCコネクタは写真4のようにFBをたくさん入れています。同軸は極細の0.8DQEVです。FBの有無の差が解らなくなっていますので、効果の検証はできません。また、キット付属のBNCコネクタは、アース側がケースから浮くような構造になっています。このようなコネクタを使用するのもノイズ対策の方法ですが、私は普通のタイプのBNCコネクタを使い、ケーブルにFBをたくさん入れる事でノイズ対策にしました。
写真4. 0.8DQEVの同軸にジャンクのFBを沢山入れました。
ノイズを極力抑えようとする場合、実はケースに入れるのは良し悪しです。必ずしもケースに入れた方が良い結果が出るのではありません。また入れるなら小型のものよりも、大型のケースの方が良かったりします。金属が近づく事によって、電磁気的な結合を起こす場合があるようで、フタをすると性能が悪化するのは良くある事です。もちろん、完成したセットに何かを近づけて状態が変化するようでは困りますので、安定に動かすために金属性のケースは重要です。
3.スペクトラムアナライザ
アマチュア無線では一番良く使うモードかと思います。試しにCQ誌2009年7月号付録の基板を使った「あゆ40」の出力を測ってみました。「あゆ40」は出力が200〜300mWほどですので、直接では当然入力オーバーになります。私はケースに10dB×3の可変アッテネータを内蔵させましたので、30dB入れる事でそのまま入力できます。測定結果2のような結果になりました。測定結果3はアドバンテストのスペアナで測ったところです。スパンが同じに設定できないので比較しにくいのですが、3倍の高調波まで同じに表示しています。このように測定できますので、7MHz程度までに限るのであれば、「重い」「高い」「大きい」スペアナは不要に思えてしまいます。
測定結果2. 「あゆ40」の出力を測定しました。4倍波まで見ることがでしました。(※クリックすると画像が拡大します。)
測定結果3. アドバンテストのスペアナで測ったものです。測定結果2とほとんど変わりません。(※クリックすると画像が拡大します。)
この場合の注意ですが、くれぐれもアッテネータなしで入力するような事はしないで下さい。これまでの苦労が一瞬にして水泡になってしまいます。アッテネータは常に最大に入れる事を習慣にしましょう。結果を確認しながら、少しずつ抜いてレベルを合わせます。もちろん10Wなど測る時には、更に外部のアッテネータや20dBカップラ等を使う必要があります。このスペアナのリファレンスレベルは6dBm程度のようですが、実際にはOVER表示となってしまいます。0dBm以下で入力する必要があり、それ以上はアッテネータがないと測れない事を常に考えておきます。スペアナを使う時には、第一にレベル管理です。という私も、アドバンテストのスペアナを2回ほどメーカ修理に出しています・・。
RBWの設定は12Hz〜50kHzまでの13種類を選ぶ事ができます。アナログのフィルタを並べていた頃と雲泥の差を感じます。測定時間と周波数スパンとの兼ね合いがありますので、狭ければ良いというものではありません。しかし、測ろうとするものの周波数が決まっていてレベルが低いのであれば、狭く設定して見やすくするのも一つの方法です。なお、RBWと周波数スパンは手動で設定するようになっていますが、測定にかかる時間は自動で決まります。その結果、終了する時間が解らず、途中で止めてしまう事もあります。
測定結果を平均化する機能があれば良いのですが、測定結果4のように何回も結果を重ねる事ができますので、ノイズすれすれでもスプリアスとの区別をすることができます。測定結果4は測定結果2と同じ条件ですが、トレース保存数を10回にパーシスタンスを100%設定しています。
測定結果4. 10回ほど測定結果を重ねて表現しています。ノイズレベルぎりぎりでもあぶり出す事ができます。(※クリックすると画像が拡大します。)
4.ゼロΩの基準
次にネットワークアナライザやインピーダンスアナライザの前に、小物を紹介しておきます。50Ωとか75Ωのダミーは、ジャンクや正規品を購入したものが結構あります。このような測定器に興味のある方なら同じようなものかと思います。しかし、基準となるような0Ωはありませんでした。今までは適当にクリップでショートしていたのですが、周波数が30MHzまでとはいえ、あまりに雑な校正になってしまいます。そこで、この際作っておくことにしました。
ジャンク箱の中には、BNC-Pの半端品が結構転がっていました。ゴムのないもの、ピンのないもの・・です。この本体とピンなどと、5mm位のカラーを写真5のように集めます。まずピンとスズメッキ線をハンダ付けします。これを写真6のように、同軸を通すネジで抑えられるようにカラーにハンダ付けします。テーパー状のワッシャー(?)を入れてネジを締めます。さらに写真7のようにコネクタ内でハンダ付けします。何しろショートですから、気兼ねなくハンダを流す事ができます。このようにして、0Ωの基準を作りました。
写真5. BNC-Pの半端なものとカラー等を集めます。
写真6. 長さを合わせてカラーにハンダ付けします。
写真7. これをネジで固定し、更にハンダで固定します。
なお、本格的なネットアナの校正キットには、∞ΩつまりOPENの基準もあります。まあ、30MHzまでですし、普通にコネクタを外しただけで十分と考えています。
5.ネットワークアナライザ
APB-1はベクトルネットワークアナライザ(VNA)になりますので、位相の測定ができます。まず、測定結果5は入出力を接続したときの表示です。この位相が回転しているのが良く解らなかったのですが、内部で発生する遅延が原因のようです。画面にカーソルを置いて右クリックをすると、各種設定のできる画面が出てきまして「測定値で正規化する」をクリックする事で正規化ができます。つまりノーマライズです。そしてこの入出力直結の状態のまま再度測定すると、測定結果6のように表示されます。これは、レベル差も位相差もないという事を表し、基準となります。
測定結果5. ネットワークアナライザで入出力を直結したところです。(※クリックすると画像が拡大します。)
測定結果6. 次に正規化すると、このようにロスは0dBで位相差は0度となります。(※クリックすると画像が拡大します。)
ここで入出力間に7MHzのLPFを入れてみます。測定結果7のようになりました。これはSパラメータでいうS12とS21で、通過した時のロスと位相を見ることになります。ついでに480kHzのセラミック発振子を使った世羅多フィルターは測定結果8のようになりました。ちなみにインピーダンスのマッチングはしていません。
測定結果7. 7MHzのLPFを試しに測ったものです。(※クリックすると画像が拡大します。)
測定結果8. 480kHzのセラミック発振子を使った世羅多フィルタです。(※クリックすると画像が拡大します。)
次にNo.14で作成した写真8のような方結、あるいは写真9のようなリターンロスブリッジを用意します。このリターンロスブリッジはモービルハム誌の96年4月号に紹介したもので、図1のような回路になっています。「トロイダル活用百科」とほぼ同じ回路です。写真10のように外部の標準抵抗を接続するようにしています。つまりコネクタへの配線とか、コネクタ自体の持つインピーダンスの乱れも含めて、対称になるようにしています。
写真8. 方結です。左端のがNo.14で製作したものです。
写真9. モービルハム誌で紹介したリターンロスブリッジです。コネクタの形状を変えて2台作っています。
図1. 昔々にモービルハム誌に記事を書いた、リターンロスブリッジの回路です。
写真10. 標準抵抗はこのように外付けとしています。バランスをとる為の手段でもあります。
方結を使う場合には図2のように接続し、一度走らせた後に正規化します。すると方結を介してダミーの方向に向かう信号を基準とした正規化となります。ダミーを接続しなくても、方結が完璧ならば同じはずです。しかし、誤差要因を少しでも少なくするために、普通はダミーを接続します。次に図3のように接続を変更し、方結の出力(入力というのか?)に被測定物を接続します。7MHzのアンテナを測った結果が測定結果9になります。50Ωのダミーを接続した場合には測定結果10のように、正規化された0dBのレベルから30〜50dB下がった線が出ます。この値がリターンロスです。つまり、入力した信号に対して、反射して戻ってきた信号がどの程度下がっているのかを表します。良いダミーであるほど絶対値は低い値になります。ロスとしての値は大きくなります。ここで被測定物を外してOPENとすると、測定結果11のように概ね0dBになります。SWRが無限大になりますので、入力した信号が全部戻っているからです。この時の位相は0度、つまり同相になります。ここを基準に正規化したので当然といえば当然です。次に前項で作った0Ωの基準を接続しますと、同様に全反射しますので0dBとなりますが、位相は180度と反対になります。これでSパラメータのS11とS22が測れる事になります。
図2. 方結を使う場合に正規化し基準とするときの接続です。(※クリックすると画像が拡大します。)
図3. 測定する場合には方結を反対方向にします。(※クリックすると画像が拡大します。)
測定結果9. 7MHzのアンテナのリターンロスを測ったものです。(※クリックすると画像が拡大します。)
測定結果10. 50Ωのダミーではこのように、ほとんどの電力がダミーで消費され、反射して戻ってくるのは僅かです。(※クリックすると画像が拡大します。)
測定結果11. オープンにすると全部が反射して戻って来るため、ほぼ0dBになります。(※クリックすると画像が拡大します。)
リターンロスブリッジを使用する場合には図4のように接続し、正規化します。次にアンテナなどの被測定物を接続すると、同様にリターンロスを読むことができます。
図4. リターンロスブリッジを使う場合にはこのように接続し正規化します。(※クリックすると画像が拡大します。)
この方法は、アンテナなどの調整を行うのに適しています。画面上のリターンロス表示が下がるように調整するだけです。なおリターンロスからSWRの変換を表1に示します。
表1. リターンロスとSWRの関係です。(※クリックすると画像が拡大します。)
6.インピーダンスアナライザ
ネットワークアナライザとの違いは基本的にはないと思います。接続はネットワークアナライザと同様に接続します。リターンロスブリッジでも方結でも同様の測定ができます。リターンロスブリッジや方結の被測定物側をOPENとショートにして、それぞれ正規化します。ネットワークアナライザと違って、両方で行います。その後で50Ωを接続すると、測定結果12のようになりました。これは方結を使った場合です。50Ωでの正規化ができないのですが、ほぼ50Ωと測定されています。
測定結果12. インピーダンスアナライザで50Ωを測ってみました。(※クリックすると画像が拡大します。)
例として図5のようなCRの並列回路を写真11のように作成し、スミスチャートのソフトで計算したものと、APB-1と方結、APB-1とリターンロスブリッジを使って測定したものを比較したのが表2です。これでは解りにくいですので、周波数ごとのR+jXの値をスミスチャート上にプロットしたのが図6〜8です。ほぼ一致する事が解ります。(あたりまえですが・・)このようにして、使用する事が可能という事が解ります。スミスチャートが直接描けると良いのですが・・。今後の発展に期待をしたいと思います。なお、方結を使った時の元データが測定結果13、リターンロスブリッジを使ったのが測定結果14になります。これを元に表2と図6〜8を作成しています。
図5. 試しに作ってみた比較用の回路です。
写真11. 75Ωと180pFの並列回路を試験用に作ったものです。
表2. 計算結果と試験結果はこのようにほぼ一致しました。(※クリックすると画像が拡大します。)
図6. 計算結果をスミスチャートにプロットしました。(※クリックすると画像が拡大します。)
図7. 方結での測定結果をプロットしました。(※クリックすると画像が拡大します。)
図8. リターンロスブリッジでの測定結果をプロットしました。(※クリックすると画像が拡大します。)
測定結果13. 図4の回路を方結とインピーダンスアナライザで測ったものです。(※クリックすると画像が拡大します。)
測定結果14. 同じく方結とリターンロスブリッジを使ってもほぼ同じ結果になります。(※クリックすると画像が拡大します。)
インピーダンスアナライザはR+jXが値として直読できますので、実験や分析をするには便利です。しかしアンテナの調整を行う場合には、ネットワークアナライザでリターンロスを測定する画面の方が、ベストのポイントが見つけやすいと思います。要は使う目的によって使い分けて下さい。
7.終わりに
この他に信号発生器、レシプロカル周波数カウンタ・・等の設定があります。今後もソフト的には細かい変更点も出てくるかと思いますが、これほど発展性のある楽しい測定器はありません。ソフトも私が作り始めてから、大きく2回のバージョンアップがありました。その都度使いやすくなり、素晴らしさが増して行きます。
このキットは作っただけでは終わりません。作ってからが次のスタートで、測定の楽しさ、工夫する楽しさを教えてくれるキットです。また、作る目的が各々で異なるでしょうから、完成した作品も様々な思想が現れると思います。APB-1は多目的測定器ですので、様々な使い方ができます。しかし、作る側からすると、目的をある程度絞った方が作りやすく、使いやすいのではないでしょうか。1台だけではなく2台目を作りたくなるような測定器です。
なお、最近ではAPB-1を使った受信機や、SSB発生器までが紹介されています。私はまだそこまでは試していませんが、興味のある方はぜひ試してみて下さい。.