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No.134 「四国周遊・城巡り2,400キロドライブ」
1日目:7月8日早朝、XYLと共に圏央道・入間ICから中央自動車道に入り28.640MHzでCQを出すが応答なし、談合坂SAで21MHzと50MHzにアンテナを変える。10:40、430MHzFMで冨士山5合目に移動のJR1BQC小池さんをコールすると応答ありRS59、『リタイアしたので久しぶりにオンエアしました。最近の様子がわからなくて・・・これからアクティブにやります』『今日は岐阜羽島まで走行する』と答えて交信を終えました。
名神高速道・岐阜羽島ICで降りるが、21.230MHz付近に出ていた対馬の局が、『最盛期に200局いましたけど、いまは20局くらい、HF帯は2〜3局、他は2m帯と430メガ帯のFM、アクティブなのは5局くらい。これも携帯電話とインターネットの普及で皆アマチュア無線を止めてしまった』 さびしい話を聞いてしまった。[かんぽ岐阜羽島]15:30到着。一泊2食付9,000円。走行距離389キロ。
2日目:08:00出発。名神高速道路で倉敷を目指す。10:00 21.233MHzでXU7×××がRS59で入感。10:22 JH8NRUと RS59で交信。コンディションは今ひとつ。11:30龍野西SAで昼食。倉敷13:26到着。大原美術館(入館1000円)に入り、クロード・モネの[睡蓮]を鑑賞。大橋家住宅(入館500円)、くらしき川舟流しを見学。
15;30与島PAで瀬戸大橋の景観を楽しむ。四国の第一夜は坂出市の[せとうちそう]洋室ツインベッド(浴衣、タオルなし)一泊2食付9,980円。ここはFree Spotの無線LAN、有線LANが無料で使えIDとパスワード不要で使い勝手が良い。ノートパソコン(SOTEC C204A3)でWEB閲覧やメールチェックを行う。夕食は「鯛と豚肉のしゃぶしゃぶ」「にぎり寿司」など。走行距離397キロ。
3日目:四国・城めぐりのスタート。坂出を08:00出発、丸亀市内を走行中に21MHz帯SSBでBD4、BG5を受信、430MHzFMの交信を聞きながら約30分で丸亀城に到着。標高66mに築かれた平山城。観光案内所を兼ねる「うちわ工房 竹」に寄り「丸亀城の見所」を入手。石垣は、山麓から山頂まで4重に重ねられ、総高60mの石垣は日本一高く、三の丸石垣だけで一番高い部分は22mあり、本丸に至る坂道は険しく息が切れるのでゆっくり歩く。後ろ向きに登る人を発見、この奇妙な歩き方が楽に登れるらしい。
写真1.丸亀城
善通寺IC-高松西ICを経て玉藻公園(史跡高松城跡)に10:14到着。重要文化財の月見櫓、水手御門、渡櫓、良櫓、そして石垣や塀などが見どころ。江戸時代の御殿を再建した披雲閣(入園200円)を見学。最後の藩主(11代)松平頼聡の孫として生まれた13代・松平賴明氏(1909-1990)はJ2II、JA1JAMのコールサインを持つれっきとしたオールドタイマー。1980年頃、筆者は東京・駒込の本郷学園に隣接する閑静な邸内に7MHz帯のダブレット・アンテナの建設を依頼されて友人の四条さん(JA1NLQ)と共にお邸を訪ね、ゴルフ練習場ネットのタワーと屋根から突き出したポールの間にアンテナを張った思い出があります。
7MHz SSBでテストすると面白いように交信が進み、アンテナの仕上がり具合にご満足いただけました。当時、本郷学園理事長、日本ボーイスカウト理事長の要職にありご多忙に見受けましたが、昼食をご馳走になりながら『昭和29年、城跡を管理する財団法人松平公益会から高松市に譲渡した』『高松に行くと、家老など重職の子孫が迎えてくれる』『水戸徳川家と高松松平家は互いに養子縁組を繰り返した』 と逸話を披露してくださいました。その後、JARLの会合でなんどかお見かけしましたが、1990年(没後)、歴代の藩主が眠る法念寺(高松市仏生山町)に葬られたと聞きました。
写真2. 史跡高松城跡の良櫓(うしとらやぐら)
写真3. 松平賴明氏(1909-1990)JA1JAM、J2II
善通寺(四国霊場第七十五番)11:45着。弘法大師・空海誕生の聖地を訪ねました。暗闇の「戒壇めぐり」(宝物館入館共通500円)を体験。昼食の「山下うどん」(善通寺市与北町)で食べた本場のさぬきうどんが美味。11:45善通寺ICから松山へ。
写真4. 山下うどんのさぬきうどん
14:53松山城に到着。愛媛県庁に隣接する市営駐車場に車を停めて、ロープウェイで松山城へ(松山城らくトクセット券1,000円)。松山藩初代藩主・加藤嘉明が標高132mの勝山山頂に築いた名城。重要文化財に指定の天守や門櫓、塀などを見学。16:45[道後かんぽ]到着(一泊2食8,500)。走行距離215キロ。
写真5. 松山城
4日目:08:03松山出発。松山自動車道を約30分走行して内子町に到着。江戸末期から明治にかけて木蝋製造で栄え、当時の町屋が点在し独得の雰囲気を漂わせている。木蝋資料館上芳我邸(入館300円)を見学。大正5年(1916)創建の芝居小屋[内子座]が必見だが、歩き疲れてパス。09:35内子を離れて10:05大洲城(1596〜1614)に到着。伝統的な木造工法で平成12年に復元された天守閣(入館500円)を見学。
写真6. 木蝋製造で栄えた内子町の町並み
写真7. 大洲城(復元)
10:40宇和島を経由してR321[高知県立足摺海洋館](高知県土佐清水市三崎4032)15:00到着。入場料700円。深さ6mの全面アクリルの巨大水槽があり、ロウニンアジやツバメウオなどが泳ぐ中、巨大なヤイトハタが旋回する。15:35出発、R27を走行して土佐清水市養老あしずり港の[ジョン万次郎資料館](入館料400円)へ。16:20足摺岬の奇岩が連なる[龍串]、[ジョン万次郎銅像]を経て[ホテル足摺園]16:30到着。夕食の新鮮な魚介料理に大満足。一泊2食付9,150円。走行距離234キロ。
5日目:07:45出発。R321-R56を走行、須崎ICから高知自動車道へ入り高知城(12:00着)へ。土佐24万石藩主・山内一豊の築城〜幕末の15代藩主・山内容堂の居城。木造天守閣、15の建造物(国の重要文化財)の風格に圧倒される。後藤象二郎、坂本龍馬、武市半平太、岩崎弥太郎などの人材を輩出した風土に畏敬の念を抱く。天守閣・懐徳館入館400円。
13:20桂浜近くの[県立坂本龍馬記念館](高知市浦戸城山830)へ。坂本龍馬の書簡(真物)、龍馬が所持したスミス&ウエッソン2型32口径(真物)の展示に至る経緯が面白い。2010年8月中旬、松山市の男性から銃の寄贈を受けて記念館で展示したが、高知県警から銃刀法違反の疑いがあると指摘され、1週間展示して撤去。同年9月、記念館の職員数名が県の委嘱員となる形で銃刀法の問題を解決し展示が再開された。入館料500円。16:00 [かんぽ伊野]到着。一泊2食付9,500円。走行距離218キロ。
写真8. 高知城天守閣
6日目:08:30出発。高知自動車道・馬立PAで駐車して21.177MHz SSBでJH2DLJ(09:00)RS59/59、JK3TPG(09:35)RS59/53、8N0MM(09:55)RS59/59と交信。09:58馬立PAを出て徳島へ。[阿波おどり会館]12:00着。徳島市営地下駐車場に車を停めて、近くの[だるま本店]で昼食にかま揚げてんぷらうどん(1,000円)とおはぎ3個380円。眉山ロープウェイとおどり会館セット券(1,500円)を購入して山頂へ。徳島をこよなく愛したポルトガル人作家(元総領事)の[モラエス館]に立ち寄り山頂からの眺望を楽しむ。午後3時、阿波おどりホールに入場。最前列から専属連「阿波の風」による踊りの変遷を楽しむ。この後、徳島城博物館(入館300円)に移動。徳島藩と蜂須賀家に関する歴史資料、美術工芸品を鑑賞。 [かんぽ徳島] 17:15到着。一泊2食付8,500円。走行距離203キロ。
写真9. JA1FUYモービル
写真10. 阿波おどりホール
写真11. 徳島城博物館
7日目:08:35徳島港へ移動。「オーシャン東九フェリー」に10:30乗船、11:30出航。船旅が長距離ドライブの疲れを癒してくれました。翌朝05:30東京・有明埠頭に接岸。首都高速-外環自動車道-関越自動車道を経由して帰宅しました。フェリーの乗用車運賃(運転手1名の2等運賃が含む)は31,000円+2等運賃10,350円の計41,350円でした。
写真12. オーシャン東九フェリー
あとがき
徳島-東京の航路600キロを加えると、移動距離は3,000キロに達しました。四国・城めぐりは歴史の彼方をさかのぼり、すぐれた文化財を見聞できた有意義な旅だったと思い返しています。時間の都合で[宇和島城]と[室戸岬]を端折ったのは殊のほか残念で、次の機会にもう一度、四国を訪ねてみたいと思います。
[モービル局]はSkyline 2500GTにICOM HF/VHFオールモード・トランシーバーIC-7000MとアンテナチューナーAT-180、430/1200MHzFMトランシーバーを搭載し、これにHV-7(DIAMOND、7〜50MHzに対応)とAZ805 (DIAMOND)ホイップを付けてあります。詳しくはOnlineとーきんぐNo.122 「モービルアンテナと基台、ハンズフリーのアイデア」をご覧ください。