デイトンハムベンションに出かけるのは、新製品を目の前にして触れる楽しみがあり、またフレアマーケット(蚤の市)で珍品に出あう楽しみがアマチュアを熱狂させるのではないかと思っています。また密かな楽しみの一つに米国の雑誌・書籍の購入が上げられます。なかでもARRLの展示・即売の売り場に、すべての本が揃っていることから人気が高く、この機会に買っておこうというアマチュアでいつもにぎわっています。

「IC-7800 ON THE AIR-LIVE AT THE ICOM BOOTH」の垂れ幕

伝統を受け継ぐARRLの本

ARRLは、American Radio Relay Leagueの略称で、「アメリカの無線中継連盟」となります。ARRLが機関紙の”QST”を創刊したのが1915年、90年余の歴史を刻んだ名門が機関紙の枠を超えた雑誌スタイルの”QST”を作り上げ、いつのまにか世界中に多くの読者を獲得しました。アマチュア・スピリットに満ちた製作記事が、自作好きのアマチュアの心を捉えたのは、編集者による記事の検証が高い評価を得ていると言われています。

「Amateur Radio on the Move」移動でのアマチュア無線 ARRL刊

FCCアマチュア・ライセンスの受験書を各級そろえてアマチュアの育成に力を注いでいるのはよく知られていますが、リピーター名簿、各種地図、運用マニュアル、DXCCリスト、FCCルールブック、緊急通信ハンドブック、RFIブック、ヒント&キンクス、ビィンテージ・ラジオ、そしてARRLハンドブック、アンテナ・ハンドブックなど充実のラインアップは、会員に必要な書籍を提供しながら、ARRLの財政に大きく貢献しているとうかがわせるに十分で、みごとな経営姿勢と言わねばなりません。

「移動でのアマチュア無線」

2005年刊行の「Amateur Radio on the Move」(移動でのアマチュア無線)19.95ドルをQSTの広告で見つけたのが始まりで、モービルハムの形態別にオートモービル、マリタイム・モービル、エアロナチカルモービル、モーターサイクル・モービル、RVモービル、バックパック・モービルの5つのスタイルに分けている点に注目しました。

「from Your Car, Boat, Airplane, Motorcycle or Backpack」の副題にあるように、モービルハムの本格的なハンドブックと言えそうです。副会長のサムナー氏(K1ZZ)が巻頭言で「入門者からオールドタイマーのモービリング&ハイキングの本」「各章は経験深いベテランが執筆しているので問題解決に役に立つ」と薦めています。A4判 本文モノクロ、全文英語だが写真と図面を眺めているだけで大凡のことがわかるので、英語が苦手な方も理解できるはず。以下に第1章~第6章までの概要をまとめました。

第1章 オートモービル(WW8MS)
1952年当時のノイズ対策と6大陸と交信したオートモービルの写真からスタート。ページの各所に「リピーターはモービルハムのライフライン」、「リピーター運用のよいこと悪いこと」「安全第一」「コールサインにポータブル、モービルの表示を!」などの記事がわかりやすい。V/UHF、HF(10m~160m)各バンドの現況を詳しく解説。
車載用のトランシーバーとして160m-10m、6m、2m、440MHz、オールモードのアイコムIC-706MKIIGを紹介。トランシーバーをどこに装着するか、そのためにはネジ穴を開けるか開けないか、ワイヤーの引き回しについてのノウハウを余すところなく披露。アンテナはVHF/UHF帯からHF帯の各種モービルアンテナの実例を示しながら丁寧に解説。締めくくりに各所から発生するノイズのメカニズムを図解している。1.1~1.44(頁)

第2章 マリタイム・モービル(K4CJK)
マリン(船舶)独特のアース+から始まり、逆Vや緊急用アンテナ、インバーテッドL型アンテナの張り方を解説。トランシーバーは出力150W、アマチュアバンドを含み、操作パネルと本体が分離のアイコムIC-802を紹介。アンテナチューナーAT-130、AT-180、AH-4についての詳しい説明がある。モービル・オペレーションでは一般的なマリタイム・モービル・ネット、サービスネットワーク、大陸間相互の交通ネット、ヨーロッパ・マリタイム・サービスネットワーク等々の周波数を掲載。ほかにエアメイル・プログラム、Winlink 2000など新しい通信システムの紹介もある。2.1~2.29(頁)

第3章 エアロナチカル・モービル(W6KOW)
セスナ機にヘッドセットとハンディ機を載せるところから始める。パッセンジャー(旅客)モービルのエピソードと手づくり飛行機の話がおもしろい。ここでもIC-706の前面パネルが操縦機器に混じって装着され、本体は操縦席の後ろに置いた事例が紹介されている。24ボルトから12ボルトに変換するDC-DCコンバーターの回路図を載せて自作を勧めているほか、飛行機独特のアンテナの取り付け方法についても詳しい記事がある。3.1~3.20(頁)

飛行機に搭載のIC-706 Amateur Radio on the Move p.3.10

第4章 モーターサイクル・モービル (W1AB)
HF帯の長いアンテナをなびかせて疾走する大型のバイクに「新鮮な空気と陽光を浴びてアマチュア無線を楽しむモーターサイクル」の説明がピタリとはまる写真を掲載。頁をめくると「安全第一」にスペースを割いている。モービルの第一歩はFMハンディ機をハンドル中央付近にくくりつけ、PTTスイッチを手元に装着するところから始める。バイクに適したイヤフォン/マイクをヘルメットに組み込み、ノイズキャンセルマイクやVOXの併用を勧めている。アンテナはバイク後部のフレームに様々な据え付けを紹介。

疾走するモーターサイクル・モービル Amateur Radio on the Move p.4.1

VHF/UHF帯FMとHF帯SSB・CWが運用できる25~100Wのトランシーバーを取り付ける大型バイクを紹介。トランシーバーの取り付けは振動との戦いで、ナイロンストップナットを各所に使用してボルトの緩みを防ぐ工夫など、バイクの世界が広がる。高出力トランシーバーの搭載にあわせて無線機用のバッテリーを増設する際に、オルタネーターとバッテリー間にダイオードを挿入して二つのバッテリーを遮断する回路を推奨。大型バイクの後方にオールバンドのアンテナを取り付ける例やリニアアンプと発動発電機を収納したトレーラー・キャリーを牽引する例もある。また太陽光発電(12V 30W)による運用例も随所に出てくる。「もう一度安全を確認しよう」では・常に安全に乗る・無線運用よりも安全な運転が優先する のスローガンが印象的だ。4.1~4.23(頁)

第5章 HF Unplugged-バックパック・モービル(N1GNV)
商用電源を使わないHFパッカーあるいはHFトレッカーを指すらしく(Packers=荷造人 Trekkers=登山者)、バックパックに無線機やバッテリー、アンテナを詰めて歩き回るBackpack Mobile=バックパック・モービルのこと。ここでも「安全が大事」の書き出しで始まる。背中にHF帯のアンテナを背負い、小型のトランシーバーを抱え腰の辺りにバッテリーを巻き、カウンターポイズを下げてのオペレーションは、バックパックの重さと体力のバランスが肝心と説いている。

Fleaマーケットを歩き回るHFパッカー

HFパッカーのW7KU

充電タイプのバッテリーの仕様と扱い方についても多くのスペースを割いている。ここでもトランシーバーにアイコムのIC-703とIC-706がお薦めと紹介。アンテナは魚釣り用のリールシステムを用いたロングワイヤーやポータブル・バーチカルの手づくりアンテナがおもしろい。アンテナマストに塩ビパイプを利用し、短縮コイルは手巻きというアマチュアらしさが身上だ。Unpluggedオペレーターは18.175MHz辺りを連絡周波数に、14MHz帯でDX交信を、7MHz帯で地域の交信を楽しんでいる。5.1~5.11(頁)

第6章 RVモービル(W1AB)
RVはRecreational Vehicleの略称で「レクレーション用の車」という意味。キャンピングカーに加えてワンボックスカーやステーションワゴンもRVモービルと呼ぶが、米国では大型のキャンピングカーが主流で、大きなデスクにトランシーバーが並ぶ豪華なシャックが載っている。実際、固定されたRVに無線局を作り、そこから運用する方も少なくないようで、これが本当のシャック(掘っ立て小屋)なのかもしれない。RVモービルは車のバッテリーを電源にするが普通で、直流12ボルトから交流120ボルト(米国の商用電圧)に変換するDC-ACインバーターが必需品と紹介しています。通常は別に搭載した発動発電機を電源にするが、環境保護の観点から太陽光発電や風力発電に電源を求める傾向にある。

モービル用のHFアンテナに次のタイプがあります。
・センターローディングアンテナ(Husler)
・ヘリカルアンテナ(Hamstick)
・バグキャッチャー・アンテナ(MFJ-1624など)
・スクリュードライバー・アンテナ(Screwdriver)
・オートマチックアンテナチューナー付きホイップアンテナ

RVモービルが使うHFアンテナはいっそう大がかりになり、マストのベースをタイヤに踏みつけてマストを立てV字型ダイポールを上げることもロングワイヤーを張ることもできる。そしてトレーラーマウントのクランクアップタワーとトライバンドビームをRVで牽引して本格的な移動運用のくだりはスケールが大きくて驚くばかり。6.1~6.15(頁)

K9TWV HFモービル

W2GPS HFモービル

W9BEA HFモービル

まとめ

ARRLから2005年に出版された「Amateur Radio on the Move」を通読して感じるのは、モービルハムの技術&運用面で奥が深いということでした。あらゆる移動形態で運用を楽しむゆとりがうらやましく、日ごろのオペレートがあじけないものになっていないか反省させられることも・・・。「のんびりモービリングを楽しもうよ」そんな気にさせてくれる一冊でした。技術的にもしっかりしているのでモービルハムの全体像をつかむには最適な本です。なお、本書はARRLのウエブサイトから購入できます。