「ドラッグと言っても薬ではありません」といいますと、不思議そうな顔がいっせいにこちらを見つめます。「drug(薬) とdrag(引く)はスペルが違うのにカタカナで書くとどちらもドラッグになり区別がつかないのです」と追い討ちをかけます。IT講習でマウスの左ボタンを押したままマウスを動かし、アイコンを移動したり範囲を選択するマウスの操作を教える際に、やっかいなカタカナ語を教えることにしています。

「机の上に置いて使うパソコンはデスクトップ、ディスクトップは円盤の上パソコンになりますね」と笑を誘いながらDesk(机)とDisc(円盤)の違いを説明します。フロッピーディスク、コンパクトディスク、ハードディスクに引きずられるようにDeskをディスクと発音する方が少なくありません。どうやらDを見るだけでディといいたくなるようです。本当はdiがディ、deはデという約束なのに"円盤の上パソコン"があちこちで出没するのは、カタカナ語に問題があるような気がしてなりません。

ITやパソコンの世界同様に英語に依存しているのがアマチュア無線の世界も同じでありましょう。雑誌編集者時代に用語の使い方とカタカナ語に苦労した思い出があります。中でもカタカナ英語は難題の一つで、例えばコンピュータとコンピューターのどちらにするかです。手許の「カタカナ語新辞典」旺文社刊によれば、コンピュータ(Computer)と音引きがありません。するとTransceiverはトランシーバ、それともトランシーバー、のどちらがいいのでしょうか。

ERで終るComputerがコンピュータなら同じERで終るTransceiverがトランシーバでないのはなぜでしょうか。以前、編集に携わっていた雑誌は "トランシーバ"を採用していましたが、どちらのメーカーさんもトランシーバーと表記していますので、トランシーバはどちらかというと少数派に属します。 メーカー(Maker)はERで終るのに音引きがつくのが普通ですし、Repeaterはリピーター、リピータ、それともレピーター、これも難しいですね。JARL NEWSは"レピータ"です。無線雑誌は"レピーター"と音引きが付いていますし、Reportはレポートと思いきやリポート派が大勢を占めていて、慣用的な一面があるようでカタカナ語をいっそう分かり難くしているようです。

アイボールQSO

なにげなく使われる「アイボールしましょう」が「お茶しましょう」的な感覚で使われているのは分かりますが、なんとなく違和感をおぼえませんか。 "アイボールQSO"のQSOを省略してアイボール(eyeball)だけを残した用法は、「眼球しましょう」になってしまい、コンセンサスを得るには今一歩のような気がいたします。

「アイボールミーティング」という言い方もあります。これも言い換えると"眼球ミーティング"になり気持ちが悪くなりませんか。顔を見ながら(Face to Faceの意味で)相手の目を見てQSO(交信)するから転じた"アイボールQSO"と考えれば、やはりQSOを除くのはおかしいと思わなくてはならないでしょう。

DXペディション

エクスペディション(Expedition、探検)からDXペディション(DXpedition)が生まれた経過がわかりますと、アマチュア界の用語"DXペディション"が英語の辞書に載っていないのもやむを得ないと理解をしなくてはなりません。ARRLの機関誌"QST"やUS CQにはDXpeditionが正しい用語として取り扱われていますので、アマチュア界の由緒正しい用語として広くコンセンサスがあると考えてよろしいでしょう。

このDXペディションの省略はDXペディ(DXpedi.)がせいぜいで" QST"ではDXを除いた"ペディション"は決して使いません。ペディション(pedition)を英語の辞書を引いても見当たらないのは当然です。日本ではかなりの英語通の方が"ペディション"を平気で使いますので、その理由を探ってみましたがはっきりしたところは不明です。おそらく短縮語の便利さとペディションの語感に惹かれてのことと推測していますが、どうしても"ペディション"に納得できなくて、英語通の友人が英語圏のアマチュアと会話する際に何というのか聞き耳を立ててみました。

ペディションという用語はないというイラスト。

やはりといいいますか、DXを除いて"ペディション"と言っていました。日本語と英語を切り替えればいいと考えていても、日頃の癖でついペディションと言ってしまうようです。英語圏のアマチュアも日本人がペディションといえばDXペディションを指していると理解してくれますから問題はないようです。だからといって和製英語で通すというのはどんなものでしょうか。以前、アマチュア無線雑誌が堂々と"ペディション"を使っていて見苦しく思っていましたところ、編集長が変わったとたんにDXペディションに統一されたのは喜んでいいことだと思っています。

DXpeditonの文字がタイトルに使われている。(ARRL機関紙 QST May 2002 p.49より)

モービル運用者が使うマモゲン(まもなく現場到着)やゲンチャク(現場到着)、ハンコ(半分固定=車が停車した状態)、デンダン(電源断=電源オフ)など、独特の用語が使われていますが、隠語の感覚で仲間意識の向上に役立つ言葉として、これはこれで目くじらを立てるものではありません。ただ、無線の交信では通信上必要な用語以外は、一般人が理解できる言葉を選んで使いたいと思うのです。結局のところ英語の発音をカタカナに変換する迷路に迷い込んだ観が免れ得ませんが、だからといって明らかな誤りを放置してよいというわけではありません。

かつてファッションや化粧品の世界で外国語の多用からカタカナ語の氾濫を招き、今またインターネット&パソコンに取り組む一般人にカタカナ語の洪水を浴びせるに至りました。外来語をそのまま受け入れる日本人の柔軟な姿勢と活力に溢れた民族性を認めながらも、一方では元の言葉を思い浮かべながら用語を正しく使う努力が求められているような気がしてなりません。以前、日本中で使われた野球の"ナイター"がいつの間にか"ナイトゲーム"に正されたように、アマチュア無線界の和製英語にいま一歩の進化を期待しても決しておかしくはないでしょう。