長野県諏訪郡岡谷の故・林太郎さん(J2CG)の遺品から島茂雄さん(J1EO、J1SH、J2HN、JO1IKW、1993年12月4日没)の手書きの交信証を見つけました。郵便はがきに細かくデータを記入していて、宛名はあってもTO:J2CGの記入がありません。交信日の1931年6月10日は、J1EOの開局(1931年3月16日)からわずか3ヶ月後のことで、当時の状況を知る上で貴重な資料の発掘となりました。

photo

島茂雄さん(J1EO)BEACON「(10)関東の戦前のハムたち(2)」から転載

島茂雄さんは早稲田大学に在学中、JARLの活動に熱心な時期があり、後に紹介するJARL NEWS第31号(1932年11月)に「アマチュアの心得 遠慮深さということは必要ではないでしょうか?」と題する小論文を掲載しています。同大を卒業して日本放送協会に入り、後にNHK研究所長、ソニーの常務・専務、そして顧問を歴任されました。このくだりは週刊BEACON「関東の戦前のハムたち(2)」が詳しいので参照ください。

[J1EOの交信レポート]

手書きの文から変調器のテスト中に林さん(J2CG)と交信したことがわかります。ただし、変調器の動作は本調子でなく、増幅度の配分がうまくいっていないこと、マイクロフォンが旧いものを使っているため音が悪く、QSLカードもできていないと詫びています。開局直後の無線機器の調整や改良に取り組む様子がうかがえます。

photo

J1EO 島さんの交信レポート(表面)

photo

J1EO 島さんの交信レポート(裏面)

-------林さん(J2CG)に宛てた島さん(J1EO)の郵便はがき(1931年6月11日)-------

昨日はいろいろありがとうございました。今までたびたびFBなお電話は伺っておりましたが、私の方のモジュレーターの模様変えをやっておりましたので、今まで電話が出せませんでした。両三日前からかかって、やっと昨日、あの時間にはじめて出来上がりましたわけでございました。まだ工合は本式ではございません。

特に、昨日のレコードは、とんでもないことをしてございました。大事を後に発見、謹んで全部取り消しいたします。Hi 実はピックアップのポール・ピースがくっついたままで、小さい小さいとばかりアンプリファイアの方で上げておりましたのです。Hi マイクがまたなかなかの骨董品でして、ちょうど私と同じ歳くらいの旧物、ダンパーがバリバリ言っております。まだカードもできておりません始末、いずれ出来上がりましたら、早速お目にかけましょう。Pse qsl.

QSO 1707-1736 Jct. June 10th ‘31

QRK QSA5 R8 F8

QSB Yes. F8-F4

QRM Yes KA1HR(R8.Rac)

QRN Yes

WX Dull QRG7.1m c/s

Xmtr Hi-C T.P4.T.G

QRH

Fone J、W.6、KA、AC8

CW All Continents.

またどうぞよろしくお願いいたします。73

----------------------------------------------------------

photo

J2CG QSLカード

[78年前の島さんの論文「アマチュアの心得」から]

JARL NEWS 第31号(1932年11月)を林さん(J2CG)の遺品から見つけました。なぜか前後の号がなく、第60号(1937年3月)から第87号(1940年2月)まで揃っていました。どんな理由で第31号を保存していたのでしょうか。島さんの「アマチュアの心得」が巻頭を飾っています。続いて関東支部の「鎌倉山遠足の記」があり、紙面中央に中川国之助さん(J1EE)撮影による記念写真が載っています。前列の左端に島さん(J1EO)、矢木太郎さん(J1DO、J2GX、JH1WIX)、林一太郎さん(J1EI、JA1BZ)、梶井謙一さん(J3CC、JA1FG)らのお顔がみられます。2頁目は各支部ニュース、盟員ニュース、東海支部の項にJ2CGの短信を見つけました。「その後相変わらず怠けております。247、247、210三球式の試験中」とあります。ほかに「電鍵操作による電源電圧変動の防止法」、「名古屋に於ける大会の思い出」、「247の特性」、「失敗談」、「らくがき」など。新盟員に茨木悟さん(J1FQ、J2IH)、森本重武さん(J1FT、JA1NET)の紹介があります。

photo

鎌倉山集会記念撮影(by J1EE)

(後列左より) J1DO J1EA J1DH J1FR J1EM J1EY 佐藤

(前列同)J1E0 J1EI J1FD J1FM J3CC J1FV J1EC (JN31号より)

J2CGの短文が保存の理由とは考えにくく、やはり島さんの記事に感銘を受けて保存していたと想像しました。読み進むと『あの人はQSO専門だ!というほとんどさげすみに近い批評の言葉を聞くにおよんでこれは放っておいてはいけないことではなかろうかという気持ちのわいてくるのを禁ずることができなかった』という行に強い執筆動機を感じました。

『僕たちの研究は元来アマチュアとしての研究であって発表のための研究ではないのだから、発表しないからといって研究が進んでいないと誰がいうことができ得よう』

『あいつは水晶を百六十枚も磨いたそうだが一頁の発表もしないじゃないかという方に申し上げる、よろしいそれでは君と一つ磨き比べをしようと』

『むしろ自分一人の独創力をもって独自の境地を開拓する愉快さを味わうのが僕たちの研究をする唯一の理由なのだ。それが先人のやったと同じことになってもそのようなことは問題ではない』

『昨年はじめた人は昨年はじめた人として、今年はじめた人はまたそれなみに、各々それぞれの立場をもって研究しているのだ』

『アマチュアの遠慮深さもってお互いに尊敬し合って一緒に愉快にそれぞれの研究に力を注いで行こうではないか』

photo

JARL NEWS 1932年11月 第31号

--------------JARL NEWS 1932年11月 第31号--------------

アマチュアの心得 

遠慮深さということは必要ではないでしょうか?

− J1EO −

僕たちが実験し、研究して行こうということは、アマチュアがという名が示すとおり、アマチュアらしく愉快にやって行こうという訳で、何もはじめから僕らの研究の結果をもって直ちに無線工学界に大奇興をしようなどという大抱負を持っている次第ではないんだろうと僕は思う。

むしろ私たちのする実験、研究は他人を益するよりも、第一は自分を益する方が大きいのではないかと始終そう思う。 だから僕たちの研究は、もちろんその結果は大切なことには相違ないが、研究をするということそれ自身が一番勉強になるわけだ。だから僕たちの研究題目は何でもよいことだと思う。しかし僕たちは元来アマチュアであって専門家じゃないんだ、という遠慮深さだけは持っていたいと思う。僕たちの研究は発表することが最後の目的ではない、それよりも自分自身を育て上げて行くということこそが大切なことなのではないだろうか。 この春、関西地方を見学して、同地の諸氏の実に種々立派な御研究に精進されるのを拝見してまことに心強く感じかつ内心かえりみて甚だお恥ずかしく感じた次第であった。

しかし二三の方々からある人々について「あの人はQSO専門だ!」というほとんどさげすみに近い批評の言葉を聞くにおよんで「これは放っておいてはいけないことではなかろうか」という気持ちのわいてくるのを禁ずることができなかった。そこで一石を投ずるわけである。前にも言ったとおり、僕たちの研究は元来アマチュアとしての研究であって発表のための研究ではないのだから、発表しないからといって研究が進んでいないと誰がいうことができ得よう。

アンテナを高くしたら遠くへ行くようになったということ、フィルターをよくしたらば如何にQRNを通して遠くへ行くようになったか言うことは、いかにも数量的結果を導き出すことに困難を与える。しかしこの体験は自分でも知らないうちに大きな勉強になっているに相違ない。あいつは水晶を百六十枚も磨いたそうだが一頁の発表もしないじゃないかという方に申し上げる、よろしいそれでは君と一つ磨き比べをしようと。

僕たちは立派な研究所の所員でもなく、世界的の指導教授の膝下でやっているわけでもない。むしろ自分一人の独創力をもって独自の境地を開拓する愉快さを味わうのが僕たちの研究をする唯一の理由なのだ。それが先人のやったと同じことになってもそのようなことは問題ではない、要するに創作に違いない。発表するしないということは 問題ではない。コイルが大きすぎても良くないし小さすぎても良くないというような結論ならばいわゆるQSO専門家はすでに無言のうちに体得しているであろう。実際使用状態の数万倍の電圧を加えた結果をもって検波作用の優劣を論ずるよりは、受話器を耳に当てる方が正確な比較を示すであろう。

ただ一つの回路状態にのみ注目して、一般の結果を断じ、あきらめるならば科学の進歩は止まるであろう。しかも僕たちはこれらの発表を是認している。それはなぜかと言えば僕たちはアマチュアだからだ。僕たちは昨年はじめた人は昨年はじめた人として、今年はじめた人はまたそれなみに、各々それぞれの立場をもって研究しているのだ。要するに僕たちはアマチュアなのだ。だから僕たちはアマチュアの遠慮深さをもって何事にも早すぎる独断をしないで、またアマチュアの遠慮深さもってお互いに尊敬し合って一緒に愉快にそれぞれの研究に力を注いで行こうではないか。  (注:現代の漢字と仮名遣いに改めました)

----------------------------------------------------------

[あとがき]

Yahooオークションで林さん(J2CG)の遺品の一部を手に入れた知人(岩岡さん、JG1AKM)から草創期の資料の提供を受けて、本稿をまとめることができました。資料を紐解く中で島茂雄さんをはじめ梶井謙一さん、矢木太郎さん、林一太郎さんらオールドタイマーのアマチュア・ライフが生きいきと蘇り、76年前の草創期をしのぶことができました。同時に、現代に通じる示唆に富んだ小論文に大いなる啓示を受けたことを記しておきます。