前回、ARRLの出版物「ARRL’s Low Power Communication」の付録ともいうべきMFJ Cub QRP CWトランシーバー・キットについて書きましたが、今回はその本について紹介したいと思います。サイズはB5判変形(218×183 mm)で336ページの分厚い本(19.95ドル)がそれです。 この本はARRL WEBにアクセスしてARRL Products Catalog → Kits and Hardwareの順にクリックして「ARRL's Low Power Communication with 40-meter CW Cub Transceiver Kit」にたどり着きますので、ここから注文できます。

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ARRL’s Low Power Communication の表紙

MFJのキットだけでも良かったのですが、魅力的な表紙のデザインに惹かれて本とキットを同時に注文したのが始まりです。後でわかったのは、キットに詳しい組み立てマニュアルが付いている上に、書籍にも同じマニュアルがp.270〜p.321にわたり載っていましたから、どちらか一方でもよかったわけで、少し損をしたような気分になりました。それでも組み立てが一段落する頃には、手元にあってもいいかと思うようになりました。本書の技術レベルはベテランには少し物足りないが、丁寧な記事は入門者向きの印象を受けました。

QRPをおさらいすると

本のタイトル「Low Power Communication」(ロー・パワー・コミュニケーション)をそのまま訳しますと「低電力通信」となります。さらに副題のThe Art and Science of QRP(QRPの技能と科学)から、この本の編集意図を知ることができます。どうやらQRPが主題のようです。Q符号の「QRP」について、フリー百科事典「ウィキペディア」がうまくまとめていますので、おさらいの意味で参照し、以下に引用させていただきました。QRP(QRP運用)は、空中線電力を低減して運用すること、Q符号で「こちらは送信機の電力を減少しましょうか?」を意味し、QRP ? に由来すると説明しています。

低電力通信=QRPの特徴として、

  1. 消費電力が少ない、電源が不十分な状況でも運用が可能。
  2. 機器の製作や調整が容易である。
  3. 他局への混信や妨害、電波障害を与える可能性が小さい。
  4. 通信が困難な状況でいかに遠距離通信を達成するか、技術的探究の楽しみがある。
  5. 省エネルギーおよび電波資源の有効利用の観点も推奨される。

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ARRL QRP DXCC

QRPの電力についての完全な合意はないようですが 、一般的に5ワット以下がQRPとされて、500ミリワット以下の小さな空中線電力で通信を行うことをQRPp(キューアールピーピー)と呼び、交信の際にQRPであることを示すため、コールサインの後に「/QRP」を付けることがあります。また、市販のトランシーバーは、送信出力を低減する機能がありますが、特にアイコムのオールバンド+50MHzSSB/CW/RTTY/AM/FM) 10W トランシーバーのIC-703は、10W/5W/2.5W/1W/0.5Wの数値切り替えができるため、QRP運用に最適の一台といわれています。

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ICOM IC-703トランシーバー

表紙について

野原に展開するOM3人が地面に広げたソーラーパネルから携帯型バッテリーに配線され、フローティング充電が行われている様子がうかがえるカラー写真が印象に残りました。登山用のバックパックを台座にして小型トランシーバー(K2)を置き、その上にCWキーヤーをセット。さらにオペレーターはヘッドセットを装着してフォーンにも対応して、フィールド(野原)運用の一場面を表した魅力にあふれた表紙に仕上がっています。欲を言えば移動運用の要とも言えるアンテナの一部でも写っているとさらに良かったと思われますが、表紙からは残念ながらうかがいしれません。

QRP運用を極める

本の内容を把握するには目次を眺めるのが手っ取り早いので、例によって簡単な翻訳を試みました。全文英語ですが、アマチュア用語がそこかしこに出てきて、拾い読みでもある程度の意味がつかめますので、英語初心者でも恐れることはありません。

・献呈の辞 K5QLF

・序文 G3RJV

・著者について:2000年1月〜2004年12月までQSTのエディターを務めたW3OSS、Rich Arlandさんです。氏は40年以上、エレクトロニクスに関わりました。1963年、16歳のときにライセンスを取得してアマチュア無線の道に入る。現在、エクストラ級。AM、FM、TV局で20年以上のキャリアを積んだほか、軍用通信のスペシャリスト、電気の職業教育のインストラクターを務めるなど多彩な経歴の持ち主です。

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著者のW3OSS(撮影・WA4KCY)

  1. ローパワー運用の序論 QRPについてのFAQs
  2. QRPの利点
  3. 開始
  4. QRPの装備 エレクラフトK2、K1、KX1、ICOM IC-703 PLUS、MFJ cub、OHR 100、NorCal 40A、Sierra、Yaesu、そして、かつての名機としてTen-tec、Heathkit、Kenwood、INDEX LABsなどを収録。
  5. QRP運用戦略 CW対フォーン、CWのために、DX運用術、QRP DXCC(5ワット以下で100の異なるDXCCエンティティと交信してQSLカードを得る)、ゴールを決めること、追跡、DXクラスター、DXペディション、QRPコンテスト、フォーン運用など。
  6. QRPのためのアンテナ 終端給電ワイヤーアンテナ、ダイポールアンテナ、延長したダブル・ツェップ、G5RV、ウインドム・アンテナ、カロリナ・ウインドム、ワイヤー・ビーム、ループ - 指向性と低い雑音、バーチカル・アンテナ、タワーとビームアンテナを立てる賛否、マンションや平屋について、屋内アンテナ、測定器、移動用のアンテナ、アンテナの組み立て、
  7. QRPerのためのHF伝播 サイクル24の予測伝播、バンドの様子、WWV/WWVH伝播予測
  8. QRP局のアクセサリー QRPワット・メーター、キーヤーとパドル
  9. スペシャライズド(専門化)したQRPモード デジタル通信、現在のデジタルQRP、ミリ・マイクロワットあるいは絶対的なQRP、ポータブルQRP運用、HFPACK、VHF+QRP
  10. 非常通信とQRP アンテナその他、パワーの問題
  11. ビンテージラジオ/Milcom(軍事通信会議) とQRP ビンテージQRP局の復旧、まだ真空管セットを使うか? 軍用通信機、手づくりビンテージQRP
  12. QRP作業台 ACパワー、テスト装置、手づくりのテスト装置

エピローグ

付録A:QRP 呼び出し周波数 付録B:供給元と製作物 付録C:MFJ CUB組み立てマニュアル

インデックス ARRLについて

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MFJ cub CW トランシーバー

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Sierra トランシーバー(キット)

あとがき

書籍+付録(キット)をセットにして販売する発想は米国ならではのすばらしい企画と思いました。日本にもキットの愛好者が大勢おられると思われますが、これまでにこのような企画が世に出た事例を寡聞にして知りません。キットは注意深く作ると間違いなく完成すると言われていますが、組み立てにある程度の技術レベルを必要とされますので、組み立て後のアフターケア(あとの面倒まで見ること)を考えますと、キットの開発と販売の難しさを感じざるをえません。

昔、室内の窓枠に添ってループアンテナを張り巡らせてNHK第2放送を受信、高周波を整流してQRP送信機の電源にして通信に成功したレポート(電波科学・QRPコーナー・JH1HTK)を読み、衝撃を受けた思い出があります。微小な電力でも通信ができることを知った始まりであり、ラジオ放送波を電源にする発想に新鮮な驚きを感じました。今回の表紙は、太陽エネルギーを電源にしたQRP交信の一つのあるべき姿を表現して、興味深く引き込まれてしまいました。本書はおもしろく役に立つ内容を満載していますので、QRPの知識を得るにはまたとない良書として推薦しておきます。