千葉県・房総半島の南端に近い山中にJAXA(宇宙航空研究開発機構)勝浦宇宙通信所(勝浦市芳賀花立山1-14)があります。ここに運用を終了した直径18メートルのパラボラアンテナ(ディッシュアンテナ)があり、広報用に改修して見学者用に開放されています。この巨大アンテナに目を付けたプロジェクトKDES((Katsuura Dish Experimental Station=勝浦ディシュ実験的局)が、JAXAとJARLの協力を得て8J1AXAを開設(08年5月2日〜10年3月31日)、月面反射通信の実験的運用を行っています。

EMEとは?

Earth-Moon-Earth、月面反射通信の略称。月に向けて50MHz〜5.6GHzの電波を発射、月から反射して地球に戻ってくる電波で交信する通信方式です。地球と月の距離が約38万kmですから往復約76万km、高出力(最大500W)、高利得アンテナ、高感度・低雑音の受信用プリアンプが必要なほか、月を追尾するために方位角と仰角を設定する設備と高い技術が要求されます。

月面反射エコー検出の試みは1928年US Naval Research Laboratoryで始まり、1983年W4AOとW3GKPによる144MHz電波の月面反射波検出。1960年7月17日W1BUとW6HBが1296MHzでEME通信に成功。2007年2月1日KDDI茨木衛星通信センター(茨城県高萩市)の直径32m商用パラボラアンテナを用いた8N1EMEを開設、Project BIG-DISHにより144MHz〜5.6GHz、出力500Wで運用して323 QSOを記録して07年3月31日終了しました。続いて08年5月、KDESを結成して勝浦宇宙通信所での8J1AXAの活動へとつながりました。

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JAXAの直径18mパラボラアンテナ

100Wとシングル八木でも交信可能

最近では144MHz帯で100Wの出力とロングブーム・八木アンテナを使い、CWモードあるいはデジタルモードで交信が可能になりました。「2009 ARRL International EME Competition」(QST 09年8月号p.82)にはそのような記述がみられ、50Wの2m SSBトランシーバーでEMEをやっている例としてEA6VQを挙げています。http://www.vhfdx.net/jt65bintro.html このWEBサイトは入門ガイドとして最適なので月面反射通信に興味のある方に役に立ちます。

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2009ARRL国際EMEコンテスト(QST 09年8月号、p82)

09 ARRL 国際EMEコンテストのルールは http://www.arrl.org/contests/emerules.pdf をご覧ください。日程は次の通り。

10月10日-11日:50MHz〜1295MHz

11月7日-8日:2.3GHzUp

12月5日-6日:50MHz〜1296MHz  毎土曜日0000UTC-日曜日2359UT 

EMEの交信方法は

交信が成立するために互いのコールサインとシグナルレポートを確認するのは一般の交信方法と同じですが、EMEでは雑音に埋もれた信号からコールサインなどを聴きとるために、事前にコールサインを送信する時間、方法をEメールなどによって決めておきます。

シグナルレポートはRSTのほかにTMOと呼ばれるレポートが使われます。

[144MHzの場合]

T:かろうじて検出可能 

M:コールサインの一部を了解

O:コールサインを完全に了解

R:コールサインを完全に了解しOを受信したとき

(Tは交信成立にならないのでめったに送信されない。Mはまったく使用されない)

スケジュールは30分とし、2分30秒の送信インターバルに細分される。

2分30秒は前半2分(周期A)と後半30秒(周期B)に分割される。送受の切り替えはUTCに同期して行う。スケジュール最初の送信はコールサインを2分30秒すべてにわたってコールサインを繰り返す。(例 相手のコールサイン DE 自局のコールサイン)

両コールサインを完全にコピーした時、周期A コールサインを送信する。周期B レポートMMMM(コピーが困難なとき)、またはOOO(コピー容易なとき)を送信する。詳しくは「EME HAND BOOK」1st Edition(1994) CQ出版社を参照ください。

児童のEME体験と8J1AXAの運用

6月27日、午前8時30分、東京・渋谷の青山学院初等部アマチュア無線クラブの児童38名と父兄、教師、OBが、大型バスに乗り込んで勝浦宇宙通信所を目指しました。首都高速、アクアラインを経由して約2時間のドライブで午前10時30分ごろに到着しました。バスから降りると全員にPR用冊子と記念品(JAXA名入りポータブルコットンバッグ)、ビジター用のバッジが渡されました。一行はすでに班別の名札を胸につけていましたからバッチの着用が免除されてお土産として持ち返ることになりました。

児童にEME通信を見せるために10時30分からJH1KRC 渡辺美千明さんのオペレートによるEMEのスケジュール交信が始まっていました。CWによるCQを送信した約2.5秒後にエコーとして戻ってくるが、ノイズの中から信号がわずかに浮かび上がってきました。K1RQGなど2局と交信して見せてくれました。「これが月から反射した電波!」と神秘的な信号を聴いて参観者に大きな感銘を与えました。はじめノイズ交じりの信号を判別するのは、児童には容易に判別できたようで大人が舌を巻くほどの耳の良さでした。

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8J1AXCをオペレートするJH1KRC

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EME通信を見守る児童たち

EMEを見守った初等部アマチュア無線クラブ(JE1YAV)の部員(3〜5年生)のほとんどが4アマを持っており、OBが協力して生徒と教師が従事者免許証の取得を促す全国でも稀有な伝統を受け継ぐ初等部(小学校)として有名です。なお、2004年9月17日、ARISS スクールコンタクト(8J1AGEとNA1SS)による交信を成功させています。アマチュア無線部の理系への進学率が6割という高い数字が示す通り、アマチュア無線の活動が大きな影響を与えているのは確かなようです。午後は児童が従事者免所証を手に長い列を作り、8J1AXAを交替でオペレート(7MHz帯SSB、10W)し、全国各地と交信して午後3時ごろ終えました。

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8J1AXAを運用する児童(7MHz SSB 10W)

8J1AXAの無線設備はIC-910、TS-2000、HL-500Vなどの設備で145MHzと435MHzが500W、1280MHzが10W、ほかに1.9MHz〜145MHzで50Wの免許でした。児童の従事者免許証は4アマでEMEの運用はできず受信体験のみに留まりました。かつて1アマ所持の7歳の少年がEMEを運用した例がありますが、18mパラボラアンテナ利得は約34dB、これに10Wの出力を入れたら交信できるかもしれないという微かな期待がありました。一方では運用方法に不慣れな児童にマイクを渡せないという管理者の判断もあって、ノイズに埋もれた信号を判読する力や英語による会話など、EME通信の壁は厚かったようです。

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8J1AXAのシャック

あとがき

参加者の一部には児童によるEME通信を期待する向きもありましたが、大がかりな月面反射通信の一部始終を見聞して、大いに興味を深めたものと思われます。渡辺さん(JH1KRC)にEME通信時の送信出力を尋ねたところ「150〜160Wでしょう」とのことで、メインのリニアアンプの電源スイッチはOFFでしたが、4アマの操作はできない相談でした。それでも遠く38万km離れた月に向けた「Hello Moon」に魅了され、38人の児童に無線通信への興味と共に宇宙への夢を膨らませた一日だったと思いました。

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巨大なパラボラアンテナの前で記念撮影