VUの開拓からモービルへ
No.80 JMHC長崎(3)
[山口さんハムに]
結局、山口さんが免許を取得したのは昭和48年(1973年)3月であり、それを契機にJMHC長崎の活動にのめり込むことになった。山口さんは事務局担当や広報担当、そして会長職にも就くが、山口さんの功績は九州連合傘下の他県との連絡役を果たしたことであり、なかでもJMHC広島を九州連合に加えた実績が大きい。
昭和48年に福岡県・原鶴温泉で開かれた第6回九州連合大会
九州連合にどうして中国地区の広島が加わったかのいきさつはあまり知られていなかった。JMHC広島の九州連合参加は、平成9年(1997年)に岡山で開催されたJMHC全国大会の席で、原田・九州連合会長がJMHC広島の河野武彦(JA4JVI)事務局担当に、加入を勧て決まったといわれている。
実は、それより前の平成4年(1992年)に長崎市センチュリーホテルで開催された九州連合長崎大会を前に、河野さんから親しくなっていた山口さんに「大会に参加させて欲しい」という相談があった。この年には広島県でJMHC全国大会が開かれており、あるいは原田さんが河野さんに加入を依頼したのは、この広島大会でなかったかとも思われる。つまり、山口さんが道筋をつけ原田さんが正式に依頼した、という図式が想像される。
[会員数ピークに]
山口さんが事務局を担当した昭和48年(1973年)JMHCの活動は活発であったが、すでに、全国の他府県ではJMHCの活動は下火に向い始めていた。この年のJMHC長崎の会員数は151名と、その後の経緯からみるとピークであったが徐々に会員減少の兆しがでていた。
翌年1月に熊本の原田会長宅で開催された九州連合の理事会では、JMHC佐賀の活動休止状態が報告された。JMHC鹿児島は欠席であり、大分も参加していなかった。山口さんの事務局担当の目的には「熊本、宮崎、佐賀、さらには広島との連絡を密にし、会員減少にともなう組織の解散を阻止し、より一層の連携を図る」との言葉が書かれている。
昭和53年、長崎県・雲仙で開かれた第11回九州連合大会
[全国組織づくり提案]
この理事会では前向きな意見が続出した。まず、JMHC東海が名古屋市千種区に建設したJMHC東海の会館の建設資金として8000円を寄付した、と報告がなされた。JMHC東海の会館建設は会員所有の土地を借りて、100万円の予算で建設されたが、東海地区だけでは賄えないために、全国のJMHC組織にも援助を呼びかけていた。この件については「JMHC東海」の稿に詳しく書かれている。
次いで、理事会では9項目の提案を決めている。そのなかには全国組織づくりの期待も込められていた。前年の昭和48年に三重県・長島温泉で開かれたJMHC全国大会では、曲がりなりにも全国組織の発足が決まり、会長には神戸市の桑垣敬介(JA3RF)さんが選出された。桑垣さんは昭和31年に車に7MHz機を積んで四国、中国を交信旅行した。
いわば、モービルハムの“はしり”の活動をした人であり、その後は50MHz機に切り替えて、太平洋側を北上し北海道まで行き、帰りは日本海側を走ってきた人である。その桑垣さんが選ばれたのは当然であるが、全国組織の詳細は未定であり、全国的には連絡は徹底していなかった。九州連合の理事会の提案はその動きを受けてのものだった。
[全国連合会動き出す]
その9項目を列記しておく。〈1〉(全国組織への)会費1000~2000円を九州連合より一括支払い〈2〉全国組織の規約案提出〈3〉全国コールブック原稿、送料、支払い方法の細目を決める〈4〉誘導チャンネルの全国統一〈5〉モービル運用の統一化〈6〉各ブロックの組織化〈7〉リピーターの調査研究である。残りの2項目は九州連合内部の問題であり〈8〉次年度の九州連合大会の開催地の決定〈9〉JMHC佐賀の活動休止を九州連合としてテコ入れする、であった。
この理事会の約20日後に名古屋市で初めての全国JMHC連合役員会が開かれた。出席したのは10名であるが、あるいは九州連合の提案を受けての開催だったかもしれない。いずれにしても、この席で桑垣さんは副会長にJMHC東海の渡辺巍(JA2JE)さんを指名した。全国最大の組織であることを考慮したものであろう。
JMHC全国連合会の副会長に選出された名古屋の渡辺さん
[長崎アマチュア無線クラブ協議会]
1月28日には、長崎市周辺に結成されていたJARLアマチュア無線クラブを母体にJARL会員、非会員を問わず「長崎ハムクラブ協議会」が発足された。この協議会では「年4回の会合を開くとともに、キー局を選定し毎日曜日の午後9時に現状を報告することを決めて実行することにした」と山口さんは言う。
この協議会への参加クラブは東長崎クラブ(23名)あじさいクラブ(9名)長崎大学アマ無線クラブ(16名)NNDX(12名)長崎南高校アマ無線クラブ(8名)バスクラブ(9名)JMHC長崎(77名)NBCアマ無線クラブ(12名)長崎造船クラブ(不詳)長崎県庁クラブ(20名)長崎クラブ(60名)であった。
4月には新年度の役員が選出され、亀本忠晴さんが会長、林田松臣(JH6GTR)さんが副会長、大久保晃宏(JA6WOS)さんが理事・会計担当、平野満志(JA6DMU)さんが理事・広報担当となつた。6月には九州連合大会が宮崎市で開催され、300名が参加している。