エレクトロニクス工作室
No.152 擬似音声発生器
1.はじめに
今回はOBW、つまりOccupied Band Width=占有周波数帯幅を測るための擬似音声発生器を紹介します。送信機のOBWについては、設備規則に基づく告示で定められています。SSBは3kHzでAMは6kHzという「あれ」です。アマチュア的には音声を普通に入れ、スペアナで測定すれば良いと思っていました。しかし、試してみると結果がその都度違ってしまいます。これでは正しい方法とは言えません。総務省のHPで測る方法を調べると、擬似音声発生器が必要と知りました。このようないきさつで作った、写真1の擬似音声発生器を紹介します。実質的にはここまでする必要はないのかもしれませんが、自信を持って保証認定を申請するためには作っておくと良いでしょう。
写真1 このような擬似音声発生器です。
本機は、低周波のホワイトノイズジェネレータにフィルタを付けた擬似音声と、基準用の1kHzと1.5kHzのAF発振器を内蔵しています。本機だけでOBWを測るのではなく、大前提としてOBWの測れるスペアナが必要となります。但し、法的に有効とは言えず「どの位か」を測るアマチュア的なものと理解して下さい。
2.占有周波数帯幅の測定
この話については、実は私も良く解っていません。マユツバものとして、「本当かよ?」程度とし、総務省のHP(http://www.tele.soumu.go.jp/j/ref/material/test/index.htm)をじっくりと参照して下さい。この49番目の「別表第35」にアマチュア無線局があり、各測定方法が述べられています。数の多さに、ウンザリしてしまいます。また、「電気通信振興会」の「無線機器測定法の実際」という書籍にも説明があります。
要約すると、無線機のOBWを測定するには音声として擬似音声を入力します。これはホワイトノイズジェネレータの出力に、ITU-T勧告G.227の特性フィルタを付けて帯域制限を行い、擬似音声とするものです。このフィルタは勧告からの引用ですが、図1のような特性となっています。「ITU-T勧告G.227」で検索できますので参考にして下さい。このような擬似音声を発生させる装置も測定器として市販されており、単体だけではなく無線機テスターのようなシステムに使われているようです。
図1 ITU-T勧告G.227のフィルタ特性です。(※クリックすると画像が拡大します。)
測定方法ですが、SSB送信機の場合は正弦波の1.5kHzで、飽和レベルの80%となるように入力を調整します。同じ電圧の擬似音声を入力し、スペアナでOBWを測定します。AM送信機の場合は正弦波の1kHzで、60%変調となるように入力を調整します。同じ電圧の擬似音声を入力し、スペアナでOBWの測定をします。FM送信機の場合は、正弦波の1kHzで最大周波数偏移の70%のレベルとし、それより10dB高い擬似音声を入力し、スペアナでOBWの測定をします。この値の根拠は良く解りません。スペアナの設定も細かく指定がありますので、良く確認して下さい。このように擬似音声発生器としては、同じ電圧の1kHzと1.5kHzの正弦波が必要となります。
3.擬似音声の特性
さて、図1は以前には良くあった表現方法ですが、一般的に測定する結果と上下が反対になっています。そのため「見にくい図」という事になり、FFTアナライザでの測定結果と比較が大変です。そこでこのグラフを「RODEM-G」というソフトで読み込み、数値化と書き直しをしてみました。このソフトはトランジスタ技術2015年3月号の付録のCDに入っていたもので、初めて使ったこともあり結構苦労しました。まあ、自分で読み取るのも困難ですので仕方ありません。このようにして、エクセルで書き直したのが図2となります。これで測定した結果と比較する事が視覚的に容易になります。
4.回路
ホワイトノイズはNo.137と同様にトランジスタで作ろうとしたのですが、擬似音声にするとレベルが低くなってしまいました。これでは非常に作り難いと感じ、PSoCのデジタル回路でホワイトノイズを作る事としました。それに加えPSoC内部のフィルタの設定で、図2に近い特性を目指しました。トータルでどの周波数を優先するのかというと、ピークがある600Hz付近から-20dBまで下がるあたりと考え、この部分をなるべく同じ形にする事としました。全体の形を見てしまうと裾野の方も合わせたくなるのですが、-40dBのようなところを合わせても、実際の占有周波数帯幅に関係するとは思えません。もちろんピーク付近を合わせたとすれば、次は中腹で最後に裾野がターゲットになります。このように作ったためITU-T勧告G.227で定められた回路と異なり、「準拠」という事になるかと思います。
図2 エクセルを使って書き直したものです。(※クリックすると画像が拡大します。)
また、擬似音声と同じレベルを出力する1kHzと1.5kHzの発振器もPSoCで作成し、出力レベルを調整して合わせられるようにしています。出力レベル的には、1kHzと1.5kHzの発振器の方がずっと高くなってしまいます。擬似音声の方はフルスイングで作ったレベルのホワイトノイズをLPFとBPFでカットします。通過する擬似音声のエネルギーはほんの一部ですので、レベルは低くなってしまいます。従って、擬似音声はPSoC出力を約600Ωインピーダンスにするだけで、そのまま使用しました。1kHzと1.5kHzはレベルを調整で下げて、擬似音声に合わせるようにしています。このようにして、図3の回路となりました。
図3 全回路図になります。(※クリックすると画像が拡大します。)
出力はNo.141で不平衡型に改造した600Ωのアッテネータ、8dB(0.2dBステップ)を微調整用に用い、これと20dB(1dBステップ)で出力レベルを調整するようにしてみました。要するにジャンクのアッテネータです。これで1.4mV(-56.8dBV)~36.3mV(-28.8dBV)をカバーし、トランシーバのマイク入力に合わせられるようになります。後からの場合、下げるのは簡単ですが上げるのは大変です。そのため少々高めの設定になりましたが、これで良しとしています。
5.PSoCの設定
ICは8ピンで安価に入手できるCY8C24123A-24PXIを3個使いました。PSoCの設定が上手であれば、1個に入れて切り替える事ができるのかもしれません。私には無理ですので、1kHz、1.5kHz、擬似音声と専用ICとして作りました。お手本は、CQ出版の「改訂はじめてのPSoCマイコン」と「PSoCに目覚める本」になります。
図4は1kHzと1.5kHz用PSoCの設定で、周波数の違いは接続では解りません。グローバルリソースの設定変更による内部クロックの分周の違いで、発振周波数とフィルタの周波数を変えています。基本的にはNo.138の発振器と全く同じです。
図4 1kHzと1.5kHz用PSoCの設定です。(※クリックすると画像が拡大します。)
擬似音声は図5のように設定しています。これはPRS32を利用してホワイトノイズを作るもので、「PSoCに目覚める本」を参考にしたものです。ICの設定には苦労しました。PSoCにはHPFがないため低い周波数はBPFを調整し、高い周波数はLPFで調整しました。普通はPSoCのソフト上にあるウィザードとかエクセルを使えば十分のはずです。ところが、シミュレーションの結果よりも鋭い特性が出てしまいました。そこで各Cの設定によってどのように特性が変化するのかを試し、少しずつ測定をしながら合わせこみました。サンプリング周波数は、なるべく高い方が高い周波数での乱れが少なくなります。しかし、高くするとCの設定が小さくなり過ぎて調整が難しくなります。このバランスでも苦労しました。最終的なポリシーとしては、通過帯域は極力勧告に近づけ、裾野の方は差が出たとしても被測定物に対して厳しくなるように、としました。従って裾野のレベルは少し高めになっています。
図5 擬似音声用PSoCの設定です。(※クリックすると画像が拡大します。)
PSoCは、同じ設定であれば特性的にはそれ程の違いはないと思いますが、細かい微調整をする場合には設定を変更する必要があります。つまりソフトを変更する必要があるかもしれませんが、それなりの環境は必要です。このPSoC設定については、一般的なソフトでないのでBEACONのページには置けません。私のHP※のアドレスにメールを頂ければ対応します。
※...http://www7b.biglobe.ne.jp/~je1uci/
6.作成
実験を行って回路が決まれば、後はまとめるだけです。写真2のように部品を集め、レイアウトを検討しました。回路的には簡単ですが、まず図6のような実装図を作成しました。次に写真3,4のようにユニバーサル基板上に作成しました。写真5のようにバラックのままで動作チェックをしました。
図6 基板の実装図になります。(※クリックすると画像が拡大します。)
写真2 部品を集めて、基板のレイアウトを考えます。
写真3 このように基板を作りました。擬似音声については、この後で10μのケミコンに交換しています。
写真4 裏面になります。擬似音声は少々修正していますので、図6と少し違っています。
写真5 バラックのまま動作チェックを行います。
ケースは写真6のように、リードのPS-2に穴あけを行いました。今回作成した基板は、写真7のようにタカチの「貼り付けボス」を使って固定しました。また、このケースはアルミ製のパネル面がペナペナしてしまうため、パネルの前後を3mmの長ネジとアルミパイプで接続してみました。前面パネル側は貼り付けボスで固定です。たったこれだけですが、結構しっかりとできました。
写真6 リードPS-2に穴あけをしたところです。
写真7 基板は貼り付けボスで固定しました。
ロータリースイッチはケースに固定する前に、写真8のように可能な限りのハンダ付けをしておきました。この方が作りやすくなります。
写真8 ロータリースイッチには、予め出来る限りのハンダ付けをしておきます。
出力は写真9のように普通のターミナルを用いています。MICコネクタを付けて直接トランシーバに接続する方法もあったのですが、実験用という面を主としました。そのかわり、写真10のようなMIC端子へ接続する専用ケーブルを作り、送信に切り替えられるようにスライドスイッチも付けておきました。
写真9 完成した内部の様子です。
写真10 MIC端子へのケーブルです。
最終的には使用方法を印刷してラミネートし、写真11のように貼り付けました。何しろ使い方をその都度調べるのは面倒ですし、覚えられません・・。
写真11 使用方法を印刷して貼り付けました。
7.調整
ここでの調整とはレベル合わせで、既に擬似音声としては完成していますが、実はレベルの調整が最終的なポイントでもあります。擬似音声と1kHzと1.5kHzの出力電圧が同じになるように調整しなくてはなりません。これは実際に行ってみると解りますが、結構困難な作業です。1kHzと1.5kHzのレベルであれば、オシロでも何でも簡単に合わせられます。ところが擬似音声は、オシロでみると波形が不規則で全く調整は不可能です。
実はNo.41のAF用のレベルメータで合わせるつもりでしたが、このメータで擬似音声を測ると指針が振動してしまいました。ザックリと合わせる事はできても、精度としては良く解らないのが正直なところです。0.1dBどころか、1dBくらいの誤差はすぐに出てしまう「感じ」です。そのため、調整用にデジタル方式のレベルメータを別途作る事になってしまいました。これは別途紹介したいと思います。
8.特性測定
出力をパソコンのFFTアナライザで測ってみました。測定結果1が1kHz出力で、測定結果2が1.5kHz出力になります。多少の高調波はありますが、この使い方では問題にならないはずです。
測定結果1 1kHzの出力です。(※クリックすると画像が拡大します。)
測定結果2 1.5kHzの出力です。(※クリックすると画像が拡大します。)
測定結果3が擬似音声になります。この数値を読み込み、勧告の図2と比較したのが図7になります。裾野の方で少しレベルが高くなっていますが、この部分が大きく影響するとは思えません。特性に問題があるのか、測定方法に問題があるのか良く解りません。100%完璧ではありませんが、まあまあ一致していると思います。擬似音声を擬似ったというレベルでしょうか。
測定結果3 擬似音声出力です。ピークホールドと平均値を表示しています。(※クリックすると画像が拡大します。)
図7 赤が図2の勧告で、青が作った擬似音声出力をプロットしたものです。(※クリックすると画像が拡大します。)
1個のICだけでは再現性が確められません。3個作って比較したのが図8になります。測定する度にも多少の差が出ますので、ほぼ同じにICが作れたと思います。
図8 擬似音声用ICを3個作って比較したところです。(※クリックすると画像が拡大します。)
9.使用感
スペアナを使ってOBWを測ってみたところ、「うまく測れます」と表現するのか、「それなりに測れます」となるのか、比較が出来ないため良く解りません。ただ、「それらしき」結果はバッチリと出せますし、何回測ってもほぼ同じ結果を出す事ができます。
また、OBWしか使用目的はないかと思っていたのですが、意外と便利でマイクに向かって「ア~ア~」と試す事が無くなりました。受信機でモニターしてみると、周波数特性が「感じ」として掴めるようになります。擬似音声というのは、そのような意味でも使えるものです。
数ヵ月後に再度測ろうとしたところ、スペアナがOBWの測定モードには入れません。元々のカタログではオプション扱いになっており測れるのが不思議だったのですが、どうやらトライアルの期限が過ぎてしまったようです。せっかくこれから測れると思ったのですが、このままではオプションを購入しないと測れません。ここは無い知恵を絞り、対策を考えたいと思います。
前述のように、レベル調整について消化不良になってしまいました。近々にレベルメータを紹介したいと考えています。